国宝 雪松図と明治天皇への献茶

 気づけばもう一年が終わろうとしている。年末年始はほとんどの美術館・博物館が閉館となり、どこに行くでもなく湧いた時間もだらだら過ごすうちに消えていく。せめて年内に行った展覧会の感想は年内に消化すべく、出品目録とメモを引っ張り出してブログの編集画面を開く。31日の深夜に書きながら年末の消え去っていった時間を想う。ということで、ぐるっとパスの利用期限だった26日木曜日に行った展示の記録を書いていこう。

 

 ぐるっとパス利用期限の26日。未だ使っていない無料券の中から、入館料と展示内容と交通の便から行き先を前日に決定。東京都庭園美術館や横浜方面に出ることも考えたが、セットで2ヶ所巡れて時間次第では銀座に出ることもできる三井記念美術館と国立映画アーカイブに行くことにする。相も変わらず家を出るのが遅くなったが、神田駅に到着したのは14時20分過ぎ。駅を出て方向に一瞬迷ったが、14時半頃には無事三井記念美術館に到着。ぐるっとパスで入館してチケットをもらう。ぐるっとパスを入り口でもぎってもらった後にチケットをもらうのも不思議な気分だ。

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来館記念とはっきり書いてあるのは珍しい気がする

 

 

 まずは展示前室として、三井家に関する説明がある部屋。その辺の説明は昔何度か読んだので飛ばすとして、展示されていた『牡丹鶏図剪綵衝立』を鑑賞。三井高福絵・三井鋹作。剪綵という物を初めて知った。下絵を描いて紙で裏打ちし、線描を残して紙を剪抜き、残った線に金泥を塗り、剪抜いた部分に裂地を貼って作るらしい。よくわからないが、金で縁取られた牡丹や鶏はそこが周りよりも浮きあがったように見えた。中国に起源はあるものの、三井家に独特な技法とのこと。

 「ごあいさつ」を読み、この展覧会が毎年恒例の『雪松図屏風』公開に合わせ、令和改元にちなんで天皇関係の所蔵品を展示した展覧会であることを初めて知る。雪松図を眼にすることが来館目的のほとんどだったが、なるほどそういう展覧会なのか。

 

 展示室に入って最初に展示されていたのは『青磁二見香炉』。波の模様の彫りの上に夫婦岩の火屋が乗っている、なんともめでたい作品。この展示室で一番印象に残ったのは『菊置上蛤香合』。大蛤の貝殻に菊を大きくあしらった香合で、貝殻の表面に大輪の菊が咲いた作品。天皇にまつわる展示ということで菊の意匠の作品が多く、今回の企画テーマが献茶であることから茶道具の展示が多い。というかこの展示室1と次の展示室2はほとんどが茶道具だった。茶道具は茶道への造詣が皆無なので、いまいちどう見ていいのかがわからないままだ。物として綺麗だなと感じる物は少なくないのだが……。

 

 展示室3は三井記念美術館おなじみ如庵の再現ケース。国宝の『志野茶碗 銘卯花墻』に、よくわからないが茶道で使われそうな茶碗だなあと漠然とした思いを抱く。ちょっとしたお茶会のレベルからでも、茶という世界に触れてみようかな。茶道具の展示を見る度に考えることではあるが、どっぷり浸かっていくと色々と大変そうだ。
 

 展示室4。開けた大きめの展示室で、明治天皇御東幸から明治天皇と皇后への献茶の記録までの資料がずらっと並ぶ。まずは明治天皇御東幸にまつわる絵画の展示。天皇を中心として絵画いっぱいに行列が描かれている様には、御東幸が如何に一大行事だったことが窺える。月岡芳年が描いた『武州六郷船渡図』はその道程の大変さが伝わってくる。当時は橋が無かった多摩川を渡る際、急遽23艘の川船で橋が架けられたという話から、連なる船橋の上を東幸の行列が渡っていく様子が描かれている。今ほど交通整備が進んだ時代じゃない。

 東幸の次は、新橋―横浜間に鉄道が開業した際に明治天皇が鉄道開業式に臨席したとのことで、それにまつわる資料の展示。鉄道の様子を描いた絵画はともかく、鉄道開業式の際にご休憩用として用いられた椅子が展示されているのには驚いた。よくぞそんな物が残っていたものだ。三井に伝わったのは、三井高福が東京市民代表として挨拶したからではないかとのこと。

 その後は三井家が運営に携わっていた京都博覧会に関する資料展示。ここで展示されていた京都博覧会への鳥の出品目録が面白かった。三井高朗は飼鳥が趣味であり、1878年の京都博覧会では飼っていた鳥150羽余りを出品したとのことで、その出品目録の展示。真っ先に挙がっていたのは鸚哥。これはわかる。リストを眺めてくると現れる孔雀と真鶴の文字には少々驚く。真鶴を飼うイメージが全く湧かない。これが富豪の世界か。

 そして、今回の展示のメインである明治天皇への献茶に関する展示が現れた。1887年の京都博覧会で明治天皇が臨幸し、その際に三井高朗と高棟が亭主として献茶が行われたと。献茶の席の囲い屏風として使われたのが、今回の展覧会の目玉である国宝、円山応挙『雪松図屏風』。屏風の金の上に黒で描かれた松とそこに載る白の雪。色合いとしてはシンプルな作品だが、冬にあっても力強い松の姿を感じる。展示室が空いていて、見る時間を充分に取れたのは幸いだった。雪松図の他にも、この献茶会で用いられて茶道具の類が展示されていた。三井高朗の飼鳥趣味に通じる『真鶴羽箒』があったのが面白い。北三井家の庭で飼われていた真鶴の羽根で新調した羽箒とのこと。やっぱり想像できない世界だ。

 明治天皇への献茶の展示の後は、1890年の京都府高等女学校での皇后への献茶の際に用いられた道具類の展示。1890年4月27日に皇后が行啓し、三井高朗と高棟が献茶の席を設けたという。『堆朱梅香合』が見事だった。展示室を出る辺りには、三井高福による『牡丹孔雀図剪綵衝立』が展示されていた。

 

 展示室5。皇室の保護を受けた画家・工芸家である帝室技芸員の作品の展示。柴田是真、竹内栖鳳横山大観、安田靭彦、小林古径など有名な人物の作品が並ぶ。柴田是真による『稲菊蒔絵鶴卵盃』が印象に残る。鶴の卵殻を加工して作った盃で、金の蒔絵で菊の枝と稲穂が表わされているが、外側の意匠以上に綺麗な卵形の内側に金が綺麗にまとまっているのが素晴らしい。

 

 展示室6。『三井好 都のにしき』という浮世絵の展示。三井呉服店の新作カタログと言うべきもので、四季のファッション12枚と目録の計13枚のうちの6枚が展示されていた。四季の風景の中に在る人物を描いた作品群で、衣服に焦点を当てているという点ではファッション誌のような物なのかもしれない。肉筆と見紛うほどの驚異的な精緻さと線の細さの作品群だったが版画らしい。描かれていたのは和服がほとんどだったが、「春の野」という1枚に洋服の姿の子供が描かれていたのを見るに、洋服も販売していたのだろうか。

 

 最後の展示室となった展示室7。ここでは北三井家寄贈の古筆年鑑「たかまつ帖」から天皇と皇族に関係する古筆切が展示されていた。最初は伝聖武天皇筆の大和切。これまた恥ずかしい話ではあるが、書をどう鑑賞するのがいいのかよくわからないものあってさっと見て終わる。背景に色々描かれていたり、紙の感じが違う物もあったりと個性を感じる物もあったが、筆の字の優美さや風雅はよくわからない。

 最後に展示されていたのは三井家当主による絵画群。素人絵画と言うレベルではない気がする。三井家当主が描いた絵画から令和改元にふさわしい作品が展示されているという触れ込みだったが、『楠木正成像』が展示されていたのだけはよくわからなかった。天皇に関する作品ではあるのだろうが。ウェブサイトには新春にふさわしい作品とあるな。まあいいか。

 

 

 三井家と天皇の結びつきもとい三井家が美術へと手を伸ばしていた巨大な存在だったと感じる展示だった。展示物は館蔵品だしね。当主自らが筆を執って作品を描くほどに美術への造詣が深かったという事実は興味深い。そこまで芸術に浸かった富豪が現代日本に現れるのだろうか。