5月に行った展覧会のまとめ
奈良国立博物館 超 国宝―祈りのかがやき―
奈良県立美術館 新・古美術鑑賞 ―いにしえを想いて愛せる未来かな
奈良県立美術館 伝統文化の現在 荒井恵子 いろいろのいろ墨のいろ ~奈良の100の墨をめぐって
阪神梅田本店 蔦屋重三郎と浮世絵展
阪神梅田本店 現代イラスト・アート版画展
阪急うめだ本店 Still A BLACK STAR The Impression アグボグブロシーの印象 長坂真護展
阪急うめだ本店 ゆゆはる個展「Garden」
阪急うめだ本店 Samille(さみぃゆ) ファッション画展 2025 ~Samille à la mode
阪急メンズ大阪 タカハシマホ「それは、いつもかがやいている。」
堺市博物館 井上関右衛門家文書の世界-堺鉄炮の生産・販売・技術-
東灘だんじりミュージアム
尼崎市立歴史博物館 にっぽん博覧会ものがたり 前期・近代編
医学史料展示室
岸本記念医学史料館
国立民族学博物館 民具のミカタ博覧会―見つけて、みつめて、知恵の素
国立民族学博物館 点と線の美学――アラビア書道の軌跡
大阪日本民芸館 大阪の民藝運動―三宅忠一の眼—
徳川美術館 千代姫の華麗なる生涯
徳川美術館 国宝 初音の調度
ヤマザキマザック美術館 所蔵品展―春から秋へ―
堺市立平和と人権資料館 太平洋戦争下「堺の街は」 第2幕「疎開から終戦・復興へ」
舳松人権歴史館 阪田三吉名人就位100周年記念~阪田三吉と名人位~
大阪市立美術館 日本国宝展
大阪市立美術館 中国の彫刻
大阪市立美術館 富本憲吉と人間国宝
大阪市立美術館 大阪の洋画
あべのハルカス近鉄本店 シン・食品サンプル展
神戸市立博物館 蒐集家・池長孟の南蛮美術ー言葉から紡ぐ創作(コレクション)
鉄炮鍛冶屋敷 いくで、明治の博覧会!-鉄炮鍛冶井上関右衛門奮闘記-
清学院
山口家住宅
月の頭に行った奈良国立博物館の超国宝展をはじめ、徳川美術館の初音の調度展に大阪市立美術館の日本国宝展と豪華な品々が陳列される展覧会を堪能し、昨年開館の東灘だんじりミュージアムや堺市内の町家歴史館など新たな場所の開拓もできた、充実の一ヶ月だった。堺市内の施設はかなり周ってきたつもりだが、コンペイトウミュージアム堺、小谷城郷土館、堺市都市緑化センターなど未踏の地はまだまだあるらしい。
展覧会情報が発表されてから楽しみにしていた国立民族学博物館のアラビア書道展に行ってきた。平日の朝から動けたため、万博公園のほど近くにある大阪大学の岸本記念医学史料館(平日のみ開館)とセットで周る計画を立て、調べたら見つけた医学史料展示室(平日のみ開館)と合わせて一日で巡ることに。大阪メトロの一日乗車券を購入して千里中央駅で乗り越し精算をし、大阪モノレールに乗り換えて阪大病院前駅へ。西側の出口を出たら真正面に大阪大学医学部附属病院があった。通り抜けられるか怪しい病院を横目に、周囲の道をぐるっと南側から周って目的地を目指す。正面入り口に4本の柱が立つクラシカルな外観の生命科学図書館の前を通り、脇の小山に竹が生えている道路の歩道をてくてく歩き、地図上で見た印象よりも時間が掛かって大阪大学医学部の銀杏会館に辿り着いた。他に人は誰もいない。目的地の医学史料展示室はすぐに見つかり、中に入って展示をぐるっと見た。座って書物を広げる緒方洪庵の像が来館者を迎えるこの史料室は、彼が開いた適塾に始まる大阪大学医学部の歴史を数々の資料と共に解説していく展示室で、最後には文化勲章受章者を中心とした卒業生の業績や資料が展示されていた。当時の医学部長だった市原硬を手塚治虫が描いた肖像画が展示されており、そうか手塚治虫は大阪大学の医学部卒だったのかと知る。1910年に瀬良好太という人物が留学時にパブロフを訪問し、条件反射の実験に立ち会って記念に贈られたというイヌの胃液が展示されていたのにはびっくりした。100年以上前のイヌの胃液が保存されているのか。学校史の展示が主だったので、豊中にある大阪大学総合学術博物館の常設展示を久々に確認したくなった。銀杏会館を出て建物脇の階段を上るとすぐにレンガの連なる真新しい建物が目に入る。2023年にオープンしたばかりの岸本記念医学史料館だ。先程の展示で目にした免疫学の大家である岸本忠三の名を冠したこの史料館は、医学史料展示室は打って変わって新しい時代の今の大阪大学医学部について知ることができる施設だった。研究者の著した一般書を読めるスペース、研究者名や病名などから情報を検索できる大きなモニター、大阪大学大学院医学研究科の研究領域について研究成果の模型などと共に解説したパネル、床反力計の体験コーナー、岸本忠三の教育についての名言が垂れ下がる奥のスペースがあり、建物の1階部だけの予想以上にコンパクトな展示だった。免疫学に強いらしい。アイトラッキングによる認知機能評価システムやブレイン・マシン・インターフェースの展示に興味を惹かれた。建物前の道路に沿って歩くと病院の正面にすぐに着き、最初に南回りのルートでは無く北回りのルートを取るとすぐに2つの館に行けたことを悟る。また訪れる日があるかわからないが、次は病院を前に右側に歩いていこう。
地図を見ると大阪モノレールに乗らずとも少し歩けば万博記念公園に着くとわかったため、公園の外周を走る道路に沿って万博公園の西側出口まで歩いた。実は北側にも出口はあるのだが、基本的には閉まっているらしい。20分ほど歩いて小さな西口ゲートに着く。西口ゲートから入るのは初めてだ。大きな舗装されたまっすぐな道を木々の中を抜けて歩いていくのは、神社の参道を歩くような感じだった。人はほとんどいない。木々の合間から都市型アスレチックの万博BEASTが見えて、ああここにあったのかと立地を初めて認知した。中央口から歩いても見えた覚えが無い。これまた初めて目にする国立民族学博物館の西側側面から東側にある入口の方へとぐるっと回る。正面入口の手前に特別展の入口があったので先にこちらから見ていくことにした。
今回の特別展は、「民具のミカタ博覧会―見つけて、みつめて、知恵の素」というタイトルで、普通は日本の民衆が作って使用してきた生活用具を指す「民具」を、あえて世界各地の物もひとまとめに同じく呼んで並べることで、それらのモノについて考えて新たなミカタを見つけていこうという展示。みんぱく創設50周年記念展示であり、1970年大阪万国博覧会のために世界各地で収集された世界の民具と、同時代に宮本常一が中心となって日本全国で収集された武蔵野美術大学所蔵の日本の民具が紹介されていた。「かたちと身体性」「ユーモアと図案」「見立てと表象」の3つの章からなり、「シェアして育くむ絆」「液体を運ぶ」「怖くない獅子」「掲げて威勢を誇る」「連なるおもしろさ」「悪霊と戦う武器の造形」といったテーマごとに数点ずつ民具が陳列されていた。使われていたモノとして触って肌触りを確かめてみたかったが流石にできなかったが、ある機能を果たすためにこの造形へ至った理由や個々の素材がいかに加工されていったかを想像するのが楽しい展示だった。モノとして印象に残ったのは、主人と客人が共同飲酒するために一つの棒に升が2つ付いた眼鏡のようなような形をした連杯、パプアニューギニアの透かし彫りの人物レリーフ、イネやムギの茎の枝分かれした部分を素材とした細い人形の山形県のトコトコ人形など。イントロダクションで展示されていた刃の付いた三又ブーメランのような中央アフリカの戦闘用具も興味深い。2階ではムサビ・コレクションと1970年大阪万博を機に築かれたEEMコレクションと今回の展示を形作ったコレクションについて解説され、最後には民具のデータベースから自分なりのコレクションを作ってみることのできるコーナーがあって終わった。民具と共にお題が出されて来館者が答えを紙に書いてボックスに入れる大喜利コーナーがあるなど、民具という身近なようでわからない物を楽しく気軽にまずは知ってみようという馴染みやすい展示だった。EEMコレクションのコーナーでは1970年大阪万博の映像が流れていた。
みんぱくの常設展示エリアを抜け、本命のアラビア書道展へ。アラビア書道は日本の第一人者である本田孝一と開祖とされるイブン・ムクラの名前を知っている程度で、作品自体を目にしたことは無かったので一度作品を鑑賞してみたいとずっと思っていた。青い三角形の中に黒字でアラビア文字らしき線がいくつも引かれた本田孝一の作品から展示が始まった。これがアラビア書道か。書かれている文字は何もわからず、それどころかどこで文字が区切られるのかすらわからない。ただ、曲がってうねって踊るように連なっていく線はなんだか綺麗だった。合間の細々した線と合わせて何か音楽が流れているような。解説によると、神が違った価値観を持った人々の共生を説いたクルアーンの章句をモチーフとした作品で、右下からテキストを読むそうだ。アラビア書道はアラビア文字を美しく書く芸術であるというアラビア書道の説明に始まり、アラビア文字の世界、書家の黄金期、古典作品の現在地、現代アートとしての展開という4つの章で展示は構成されていた。それぞれの章は文字、手書き、書道、芸術をキーワードとしており、日常を彩るデザインだったアラビア書道がメディアの中で取り入れられ、現代では芸術へと昇華された流れを資料から追っていく。まずはアラビア文字の様々な書体の説明があり、書家がある文字を書く教材のような映像を観た。この文字の曲がる所までの全体における割合はこれぐらいで、この湾曲部の空白はこれぐらいで、線の各部の寸法はこれぐらいで……と、♢の個数で厳密に決められていたのが印象的だった。日本の書道の授業でも似たようなことをやるし、こういうのはやっぱり同じなんだ。アラビア語やペルシャ語、トルコ語には「(紙が)黒くなるまで練習した」という意味の言葉があるらしい。歴史的に著名な作品の複製を手本として練習するという話も要は臨書だ。中東圏の建物に施されたアラビア書道の作品や著名な書家の作品の複製、アラビア書道に用いる道具などを見て先に進んで行く。第二章に入ると日用品のパッケージや映画ポスター、新聞などが展示されていた。コンピュータフォントが導入されるまで、新聞の一面記事の題字は書家が毎日書いていたらしい。書道家の手書きの仕事がグラフィックデザイナーに取って代わられていき、その結果として書道家はアーティストへ転身していくことになったという。そして、富裕層のムスリムを対象とした伝統に根差した古典作品を制作する書家と、欧米の人々も鑑賞できるような自由な筆遣いや色合いを用いる現代アートとして作品を制作する書家が現れるようになった。前者の作品が第三章、後者の作品が第四章で展示されていて、日本の第一人者である本田孝一は後者で紹介されていた。今回の展示で一番印象的だったのは、第四章で展示されていたイザベラ・ウフマンの作品で、彼女はアラビア文字とヒエログリフを織り交ぜて文字を視覚形象へと変換させる絵画を特徴とするそうだ。絵画として鑑賞することができる一方で、テキストとしても読むことができる。《再生》という作品が印象に残った。文字で形作られたアオサギが描かれた作品だが、「再生」を意味するアラビア語のバアスという文字がヒエログリフで再生と太陽を意味するペヌウ(アオサギ)の姿で表されている。バアスは2度書かれ、ペヌウの足元に書かれたバアスの文字の点が卵の殻を模し、卵から生まれたペヌウが飛翔するこの姿自体が再生の表象となっている。文字と意味と絵画がこれだけまとまった一つの作品になるとは。今回の展覧会の作品の一部は国立民族学博物館の広報誌である月刊みんぱくの2025年2月号に掲載されているので、興味が湧いた方は是非観てほしい*1。
もう色々と展示を見て満足していたが、折角ここまで来たのでお隣の大阪日本民芸館に立ち寄った。みんぱくは何度も来ているがこちらは今回が初めて。大阪における民藝運動の推進者である三宅忠一の展示がやっていたが、展示物である民芸品と三宅忠一の繋がりがあまりよくわからないまま、民芸品をいくつも見て終わった。各々の展示品に説明が最小限しか無く、まっさらな印象のままに品々と向き合えるのが良かった。もう少し元気があれば太陽の塔の内部を覗いてEXPO'70 パビリオンの展示を見に行く所だったが、気力が尽きたので万博公園を出た。そういえば公園の中央入口近くにあるニフレルも行ったことが無い。
5月に読んだ本のまとめ
逢縁奇演『こちら、終末停滞委員会。』3巻
エミネ・セヴギ・エヅダマ『母の舌』
坂石遊作『魔法使いの引っ越し屋』2巻
小塩真司『性格診断ブームを問う 心理学からの警鐘』
上坂昇『宗教からアメリカ社会を知るための48章』
古藤日子『ぼっちのアリは死ぬ 昆虫研究の最前線』
北米エスニシティ研究会編『北米の小さな博物館』
アラビア書道で描かれた鳥の表紙に惹かれ、アラビア書道を学ぶ一編もあるらしいので、みんぱくの展示に行くついでに読むかとエミネ・セヴギ・エヅダマ『母の舌』を読んだ。トルコ出身のドイツ語作家で、ドイツにおける移民文学のパイオニアのデビュー作の短編集らしい。2022年にはドイツ最高の文学賞であるゲオルク・ビューヒナー賞を受賞した国際的に高い評価を受けている作家だが、邦訳は本書が初だという。「母の舌」「祖父の舌」という2編の短編小説と、「アラマニアのカラギョズ、ドイツの黒い目」「ある清掃婦の履歴、ドイツの思い出」という戯曲が2編、そして先述のゲオルク・ビューヒナー賞を受賞した際の記念公演が収められている。アラビア書道に関する話は「祖父の舌」で、本作は一つ前の「母の舌」と話が繋がっていると思われる。政治的混乱から逃れてドイツのベルリンで暮らすトルコ人女性の主人公が、いつ母語を失くしてしまったのかを繰り返し自問し、母語を取り戻すために祖父の言葉であるアラビア語を学ぼうと決心するのが最初の作品である「母の舌」で、アラビア語を学ぶためにアラビア書道の偉大な師に弟子入りする所から始まるのが「祖父の舌」だ。期待するほどにアラビア書道自体の描写は無く、主人公の女性と師の恋愛についての物語だった。他の作品もそうだが、ことわざやコーランの引用が入り混じる詩のような会話と、「~はした、~した、~した。」といった読点で一場面がシームレスに繋がれていく文体、舌足らずで滑らかにではない文章が印象に残る。妄想の中でハムレットやシーザー、賢者ナータン、ゴッホにヒトラーが下品にナンセンスな会話劇を繰り広げる「ある清掃婦の履歴、ドイツの思い出」が文章の勢いもあって面白かった。よくわからないけど。