8月に行った展覧会のまとめ
エスパス ルイ・ヴィトン大阪 YAYOI KUSAMA INFINITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION
大阪府立中之島図書館 1/300のたくらみ 景観模型の世界
VS. 台湾スペクトル
国立文楽劇場資料展示室 文楽を知ろう!
橋本市岡潔数学体験館
橋本市郷土資料館
なんばマルイ ハッピーシュガーライフ10th Anniversaryミュージアム
尼信会館 にっぽん博覧会ものがたり(第2期現代編)
世界の貯金箱博物館 万博参加国の貯金箱展
尼崎市立歴史博物館 価値の手直し展
尼崎市立歴史博物館 すごろくで時代めぐり-遊びから見える人々のくらし-
阪神梅田本店 ウルトラヒーローズ EXPO2025 うめだサマーフェスティバル
サークルの人たちと通話した折に経県値*1の話となり、あまり行ったことのない地域に行ってみようと思い立って和歌山県の橋本市に行ってきた。北は大阪府河内長野市、東は奈良県五條市に接する和歌山県の北東端の市だ。南海高野線の行き先で橋本駅を目にする以上の印象はあまり無い。今年4月に郷土資料館が移転オープンしたのを知って気になってはいたが、同館だけを目当てに橋本までわざわざ向かうには腰が重く、郷土資料館のインスタを通して近くに岡潔の記念館があると知って出かける決心がついた。
南海高野線に乗って大阪府を南下していく。美加の台駅を過ぎたあたりから窓の外の緑が多くなっていき、それからトンネルを何本か通って目的地の紀見峠駅に着いた。岡潔の記念館は林間田園都市駅からのバスがサイトで案内されているが、知らない場所に行く以上は歩きたかったので一つ前の駅から歩くことにした。駅の改札を出ようとして脇の白い箱が目に留まる。これはいわゆる白ポストでは。青少年に悪影響を及ぼすとされる書籍や雑誌を回収するために設置された悪書追放箱。全国的に数が減少しているらしいがまだ現役の場所もあるのか。

改札を出る。目の前の個人商店と自動販売機以外は駅前に特に何も無い。地蔵寺に参拝する親子を横目に橋を渡り、左に曲がって坂を上っていく。紀伊見荘という旅館の前を過ぎ、木々に囲まれた上り坂の道路をどんどん進む。上り坂が終わって連なる家々が見えたところで、地図アプリで目にした住宅地に辿り着いたとわかった。幹線道路と繋がる道に通じる階段を降り、大きな道路に出て振り返ると数段高い所に家々が連なっているのが見えた。上って下りるルートになったが、橋を渡った後に右に曲がっていたら幾分楽な道だったらしい。記念館がある紀見ヶ丘(下記地図の右側)に入る道が南北に一ヶ所しかないため、地図上では近そうでもぐるっと回って再び坂を上っていく。案内板に従って小学校の構内に入り、奥にある橋本市岡潔数学体験館にようやく辿り着いた。駅から歩くこと30分。この小学校にはまだ二宮金次郎像があるんだ。
入館すると館内の案内を兼ねて職員の方が廊下の展示を解説してくれた。東京大学の総長が北里柴三郎と岡潔について語った卒業式告辞と、岡潔が数学の有益さについて問われた時に答えた「スミレはただスミレのように咲けばよい」という言葉。幼少期から晩年までの写真の数々。岡潔と中谷宇吉郎が親交を深めた話を聞いた。また、この施設は小学校の空き教室を利用して土日祝のみ開館しているが、通う生徒数は少なく、別の地区の小学校に統合される形でこの学校は無くなるらしい。昨年オープンしたばかりの施設がいきなり潰れることはないと思いたいが、小学校として機能しなくなってからもこの施設は続くのだろうか。写真を中心に廊下の展示について解説してもらった後、奥にある展示室へ。入口にある犬と共にジャンプする岡潔の写真以外は写真撮影OKとのこと。展示室は岡潔の生涯について解説したパネルと資料のほか、数学について楽しみながら学べる教材が置かれていた。岡潔の業績について説明しようにもスタッフ自身がわからず、講演してもらった教授に多変数関数論について簡単に説明してもらった内容が展示されていて、地元ゆかりの偉人として解説を求められるスタッフの苦労が偲ばれる。三角形から正方形といった図形の変換を学べるパズルに、放物線の原理を学べるビー玉を転がして放物線に当てる装置、三平方の定理がわかる装置など、「数学体験館」の名前通りの、科学館で目にするような体験展示コーナーがいくつもあった。まさかこんな場所でフィンランドの装飾品であるヒンメリを見るとは。幾何学アートの文脈で展示されているらしい。ざっと体験して展示室を出た。自由研究で岡潔を取り上げるからここへ問い合わせたいという話も無いなあと職員の方が話しているのを聞きながら、岡潔の業績の説明の難しさを感じさせられた展示を思い出す。さんすう教室や大人の数学講座のほか、岡潔の箴言教室といったイベントを開催しているとのこと。地域の科学館として小規模でも続いていってほしい。

数学体験館を後にして林間田園都市駅に向かって歩き出す。上った後なので下り坂の道のりが楽だ。幹線道路に出て道なりに進んで駅にはあっさり着いた。駅の西側の住宅地には足を踏み入れなかったため、駅の近辺に家がほとんど見当たらずマンションの連なる光景が印象に残る。タイミングよくすぐに来た電車に乗って一駅先の御幸辻駅へ。下の地図は、A紀見峠駅→B橋本市岡潔数学体験館→C林間田園都市駅の当日の歩行ルート。数学体験館に行くなら歩くとしても林間田園都市駅から向かうのをオススメする。
御幸辻駅から10分ほど歩いて橋本市郷土資料館に到着。紀見地区公民館との複合施設となっている。郷土の偉人として岡潔、前畑秀子、古川勝の3人を年譜と映像で紹介するコーナーを通り過ぎて常設展示室に入る。橋本市の前近代の歴史を「陸のみち」「川のみち」「祈りのみち」の3パートで紹介し、「人々の暮らし」のパートで産業や祭りについての資料を展示する。南海道により古代から橋本が文化の伝達ルート上にあり、時代ごとにルートが増えていくのを解説した地図が興味深かった。市内中央を東西に流れる紀の川が当地の人々の暮らしに与えた影響の大きさを知る。そもそも橋本という地名自体、紀の川に橋を架けたという言い伝えに由来するらしい。
数学体験館でもらってきた橋本市の観光ガイドブックをぺらぺらめくり、高野口駅のすぐ近くにあるガラス張り木造建築の葛城館が気になった。調べてみると明治期に建てられた登録有形文化財の旅館建築で、現在はカフェとして営業しているらしい。機会があれば行ってみたい。
8月に読んだ本のまとめ
葵せきな『あそびのかんけい』
井戸川射子『移動そのもの』
グレゴリー・ケズナジャット『トラジェクトリー』
駒田隼也『鳥の夢の場合』
向坂くじら『踊れ、愛より痛いほうへ』
白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』20巻
竹町『スパイ教室』13巻
月島総記/風雅宿『神椿市建設中。NOVELIZED』
日比野コレコ『たえまない光の足し算』
今井誠『あの会社はなぜ、経済学を使うのか? 先進企業5社の事例でわかる「ビジネスの確実性と再現性を上げる」方法』
齋藤久嗣『東京23区 くつろぎの超個性派美術館・博物館』
北海道大学大学院文学院文化多様性論講座博物館学研究室、田村実咲編著『開講!木彫り熊概論 歴史と文化を旅する』
舛友雄大『潤日(ルンリィー) 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』
山本浩貴『12ヶ月で学ぶ現代アート入門』
トーベン·クールマン『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』
府立図書館にずっと読みたかった『開講!木彫り熊概論』が所蔵されていると知り、借りてきて読んだ。同名の展示企画をもととした、北海道土産のイメージが強い木彫り熊についての概説書で、木彫り熊の歴史に始まり、ブーム時から木彫り熊を販売していた企業へのインタビュー、歴史資料や芸術品として木彫り熊を展示する取り組みの紹介、北海道外や海外に残る木彫り熊の足跡、美術史の中の熊といった木彫り熊についての博物館展示を鑑賞するような一冊となっている。写真や図版も掲載されているとはいえ文字で解説していくのがメインのため、木彫り熊の写真は決して多くはなく、作り手ごとの差異を分析したり、ポーズを比較したりする本では無い。木彫り熊の写真集なりを別に探して来ればよかった。木彫り熊の歴史は、農村美術運動を発端に八雲町で作られた物と旭川市近文でアイヌの人々が和人向けの土産品として作られた物の大きく2つに分けられ、大正末から昭和初期にかけて生まれたこの2つの源流が影響を及ぼし合いながら発展し、高度経済成長期の北海道旅行ブームの中で土産物として大ヒットしたという。木彫り熊が生まれるきっかけとしてスイス・ベルン州のペザントアートがヒントになったとされる話が面白かった。ベルンは「クマ」を語源とする地名で、公園でクマを飼育していたり、街の紋章や噴水などにクマのモチーフが多用されているらしい。徳川義親がスイス土産で購入した熊の手工芸品が徳川農場に送られ、農閑期の農民の財政補填や生活向上の一環としてこれらを参考に木彫り熊が作られるようになったと。昭和30~40年頃の木彫り熊ブーム期には、北海道内だけで生産が追い付かず長野県から輸入したり、 本州から来た人が北海道旅行中に住み込みで店員として働いていたり、「現在道内で生産される木彫り熊は、年間約250万個、ザット15億円」と観光雑誌に書かれたりと、木彫り熊作りが予想よりも遥かに一大産業として成立していたのに驚いた。様々なインタビューやエッセイから浮かび上がる木彫り熊文化は興味深かったものの、本の中で名前だけ紹介されている八雲町木彫り熊資料館の具体的な展示や職員の方の話は聞きたかった。