1月のまとめ

1月に行った展覧会のまとめ

 

髙島屋史料館 タカシマヤ クロニクル 百・華・繚・乱 第Ⅰ期:百の時代
国立文楽劇場資料展示室 時代を描いた浮世絵師 三代歌川国貞
大阪中之島美術館 Osaka Directory 11 Supported by RICHARD MILLE 天牛美矢子
国立国際美術館 コレクション2
阪神梅田本店 深堀隆介 作品展 『金魚絵思』 Kingyo eshi
大阪府中之島図書館 資料でたどる大阪の医学と医療
大阪市中央公会堂 坂倉建築研究所大阪事務所と太田隆信展
心斎橋PARCO ART SHINSAIBASHI
大丸心斎橋店 棟方志功日本画・洋画セレクション
奈良県立美術館 奈良のモダン ~美術をめぐる人々
奈良県立美術館 奈良ゆかりの現代作家展 03 佐竹龍蔵 「いつかのリバーサイド」
奈良市史料保存館

 

 

月の終盤に奈良県立美術館に行った。正倉院展仏教美術の展覧会といった古めの時代の印象が強い奈良国立博物館に対し、奈良県ゆかりの芸術家をはじめとした近代以降の美術展を多く開催している、奈良県庁裏手の比較的地味な美術館だ。奈良駅から大通りを進み、地裁の脇にある広場の小道を抜けて美術館に着く。人が行き交う中に鹿が闊歩するのを目にすると奈良に来たんだなという気持ちが湧いてくる。

今回の展示は「奈良のモダン ~美術をめぐる人々」。かつて存在した奈良の高級旅館・對山楼と、白樺派をはじめとする大正期に奈良に住んだ人々を軸に、近代奈良の文化活動の盛り上がりを見て行く特別展。主に大正期までを扱う對山楼についての前半部と、大正期以降の文化人が暮らした奈良についての後半部からなり、最後の展示室では関連展示として奈良の郷土史研究に携わった水木要太郎が収集した美術品が展示されていた。近代の奈良に集った様々な属性の人々とその関わり合いに焦点が当てられており、個々の美術作品よりは地域文化史として興味深い展示だった。

まずは第1部の對山楼についての展示。ある人物が記された對山楼の宿帳のページを掲げ、その人物に関連する資料や美術作品を紹介していく構成。文化財調査に当たった九鬼隆一、岡倉天心フェノロサや、文化財の保存修復に当たった関野貞や新納忠之介といった美術行政関係者。古美術研究学習が奨励された東京美術学校で教鞭を執っていた橋本雅邦、川端玉章、寺崎廣業や、東京美術学校卒業前後に訪れた横山大観に六角紫水といった美術教育に関わった美術家、呉服商・髙島屋の当主である飯田新七に、彼のもとで輸出用美術工芸品の下図制作に携わっていた旭玉山と竹内栖鳳。歴史家の黒板勝美俳人正岡子規、美術史家の矢代幸雄、建築家の武田五一、哲学者の和辻哲郎。他にも解説パネルで錚々たる名前をいくつも目にした。髙島屋史料館で何度か見た竹内栖鳳の《ビロード友禅壁掛大下絵 波に千鳥》を奈良で見ることができるとは。奈良を訪れた経験に由来する作品という訳ではないが、海外向けの美術工芸品制作に携わっている時期に依頼者の飯田新七も合わせて奈良を訪れていることは、作品制作に何か影響があった可能性を窺わせる。髙島屋史料館で目にした輸出用美術工芸品に、寺院や仏像などいかにも奈良を感じさせる作品があった覚えは無いが。堺市博物館で名前を見た堺県令の税所篤も對山楼の宿泊者に名を連ねていて、そういえば堺県はかつて奈良県の領域も含んでいたなと思い出して納得したが、帰宅後に調べると堺県が大阪府編入され、大阪府から奈良県が独立した際に県知事となったのが税所篤だった。なるほど「奈良県知事を務めた」と説明されていたのはそういう経緯だったのか。

第2部は大正期に奈良市郊外の高畑周辺に移り住んだ芸術家に焦点を当てる。特に白樺派が築いた「新しき村」の奈良支部、その中でも志賀直哉を中心とした芸術家の交流を取り上げていた。鹿を描いた作品を数多く残し、「鹿の画家」として知られる浜田葆光をはじめ、集った画家の多くが洋画家なのは興味深い。洋行帰りの画家が日本の歴史や風土を描ける場所として、気軽に訪れられる奈良が人気の写生地となったらしい。コラムとして挟まれた、奈良洋画壇の礎を築いた浜田葆光が熊谷守一日本画を描くように熱心に勧めたエピソードも面白かった。奈良の絵画作品として鹿を描いた作品が近代に何点も存在していて、それを奈良の美術館でちゃんと目にすることができるのが嬉しい。掲示された当時の地図から志賀直哉と浜田葆光がかなり近所に住んでいて、浜田葆光旧蔵の志賀直哉の写真が展示されてたり、志賀邸の常連だった画家・小見寺八山を描いた志賀直哉の短編小説があると知ったり、戦後に志賀直哉が滞在した東大寺観音院での交流から生まれた天平の会というコミュニティができたりと、白樺派というか志賀直哉が奈良の美術界に与えた影響を感じさせられた。

美術展を見た後は少し歩いて奈良市史料保存館へ。豊臣秀長が晩年に大和国を統治していたことを知る。今年の大河ドラマで奈良が盛り上がるのだろうか。この資料館に人が殺到する絵は想像できないが。

 

 

1月に読んだ本のまとめ

 

依空まつり『サイレント・ウィッチ IV -after- 沈黙の魔女の事件簿』
市川沙央『女の子の背骨』
甲田学人断章のグリム 完全版』1巻
牧野圭祐『遥か遠くのスターライト』
ジェイムズ・モロウ『ヒロシマめざしてのそのそと』

泉貴人『カラー版水族館のひみつ 海洋生物学者が教える水族館のきらめき』
川野芽生『AはアセクシュアルのA 「恋愛」から遠く離れて』
髙島野十郎『髙島野十郎 光と闇、魂の軌跡』

 

 

第二次世界大戦末期。原子爆弾の開発に取り組む陸軍に対し、アメリカ海軍は核兵器の代わりに火を吐く巨大トカゲ・ベヒモスを産み出し、その脅威を日本使節団に見せつけることによって降伏を促す計画を進めていた。都市に壊滅的な被害をもたらす制御不能ベヒモスの上陸は避けたい。ベヒモスの着ぐるみが精巧に再現されたミニチュアの日本を破壊する様を見せ、日本の外交団の考えを降伏に傾けさせよう。B級怪獣映画で数々のモンスターを演じてきた俳優のシムズ・ソーリーは、戦争を終わらせる役割を担うその着ぐるみのスーツアクターという栄誉ある役に挑む。

荒唐無稽な設定と魅力的な題名に惹かれて手に取ったジェイムズ・モロウ『ヒロシマめざしてのそのそと』が、ぐいぐい読み進められて面白かった。海から現れた怪獣が都市を荒らしまわる姿に、『シムシティ』で怪獣が現れて街をぶち壊していた映像を思い出した。イグアナを改良してあまりにあっさりと怪獣が爆誕していたり、ミニチュア都市の破壊を見せてそれで信じることを疑っていなかったりと設定のツッコミどころから笑ったが、このバカげた作戦が戦争終結という深刻な問題と結びついて、それに向かって本気で着ぐるみでの歩行訓練や予行演習に励んでいく姿がまた面白かった。作戦は成功するのか?戦後に関係者はどう過ごしたか?ソーリーの回想録という形で物語が進んで行き、最後には強い反核姿勢が示される。2009年に刊行された作品が2011年にSFマガジン誌上で邦訳が連載され、昨年2025年に単行本としてようやく刊行された。戦後80年を迎えた年に、第二次大戦の裏側の映画人らの哀愁溢れる奮闘を描いた本作が日本で刊行されたことを考える。訳者あとがきによると、作者の邦訳された作品は本作以外に聖書を再解釈した短編しか無いらしい。他の作品が刊行されたら読んでみたい。

12月のまとめ

12月に行った展覧会のまとめ

 

大阪府立中央図書館 日本児童文学 戦後80年のあゆみ
大阪府中之島図書館 博覧会の展覧会 Part6 FINAL「いのち輝く未来社会~ワン・ワールド~」
阪神梅田本店 ー青空を想ったー 村上裕二日本画
阪急メンズ大阪 9 stories ep.2
グランフロント大阪 世界のくらしから 展-Vernacular MUJI Items Asia編【大阪】
水平社博物館 西光万吉生の表現
大丸心斎橋店 吉祥縁起ものART展
あべのハルカス近鉄本店 大阪・関西万博報道写真展
あべのハルカス近鉄本店 バルビゾン派絵画展
あべのハルカス近鉄本店 藤田嗣治素描展

 

 

水平社宣言で有名なあの西光万吉の絵画展が開催されると知り、会期の終わりが存外近くに迫っていたため、年内の最終開館日に行ってきた。日本史で全国水平社と関連して学んで活動家としての印象はあったが、画家としてのイメージは無かった。他の場所で作品を目にすることもおそらく無いだろうから、貴重な機会としてどうにか行きたかった展示だ。アクセスカウンターが鎮座する2000年代のホームページのような公式サイト*1に驚きながら、展覧会の会場である水平社博物館へのアクセスを調べていく。徒歩15分かかる最寄り駅のJR掖上駅は1時間に1便だけ電車が来て、最寄りバス停の奈良交通のバスは1~2時間に1便。バスは近鉄御所駅橿原神宮前駅発でどちらも乗車時間は15分ほどかかる。Google Mapを眺めていると御所駅から40分ほど歩けば着くじゃないかと気づき、最寄り駅や最寄りバス停からでも多少歩くのだから、40分程度なら大きく時間ロスにならないだろうと思って御所駅に向かうことにした。

難読地名としてしか知らない奈良県中部の御所市へ昼から出かけて行った。JR御所駅に着いて瓦屋根の木造駅舎に思わず写真を撮った。明治期の建物が創建当初のまま利用されているらしい。遮る物が無くて遠くに見える公園に向けて大通りを歩いていく。駅に接続する大通りだが病院や薬局以外に店舗が少ない。公園に入って窓から図書館が見えるアザレアホールをの前を通って市役所前へ。御所実業高校ラグビー部の垂れ幕が下がっていて、高校ラグビーの文脈では御所の名前を目にすることを初めて知った。橋を渡って住宅街の中をひたすらに歩いていく。途中で踏切の警報機がなぜか設置されている家が現れて驚く。雨模様もあってか人の気配がほとんど感じられず、少し怖い気持ちになりながら、まっすぐまっすぐ歩いてく。突き当りを右折してしばらく歩くと目的地の水平社博物館が目に入ってきた。博物館に入る前に向かいの西光寺と人権ふるさと公園をざっと周った。名前を見た時に察した通り、西光寺は西光万吉の生家だった。

水平社博物館にようやく辿り着き、入館料を払って2階の展示室へ。2022年にリニューアルオープンしたばかりからか展示室がきれいだ。壁面の展示パネルで各セクションの重要な出来事や概念などを写真や文章で解説し、パネル下のテーブルの奥側にそれらについての歴史資料、手前側に関連資料や併せて思考を促すような絵本・マンガといった副教材が配置された展示構成で、全国水平社の歴史と思想を6セクション(そのうち1つは映像展示)で紹介していく。最初のセクションは「人間の尊厳を求めて」という導入展示になっていて、多様な個性の尊重と部落差別について認識することから始まり、残りの5セクションで水平社の創立から展開、戦時中の動向から戦後のトピックまで追っていく。リニューアルに際して追加されたであろう副教材の展示が特徴的で、ワンピース60巻を開いてグレイ・ターミナル焼き討ちのエピソードを取り上げながら、これと似たショッキングな事件がかつて現実でもあったと1922年の別府的ヶ浜焼き打ち事件を紹介するなど、ともすれば歴史の過去として遠く捉えづらい出来事を、絵本や楽曲の歌詞、マンガなど違った所から考えさせようとしていたのが印象に残る。途中の映像展示は全国水平社創立大会にタイムスリップした親子と共に同大会に参加する展示で、座席に座って奥の画面に小さく映る立役者たちが読み上げる設立宣言などを聴くだけながら、熱く読み上げられて耳に入ってくる文言は、ただ文字列をパネルで見るよりもずっと切実さと盛り上がりが感じられて良かった。来館目的である西光万吉の絵画作品展は常設展示の合間にある別の部屋で展開されていて、展示点数は10点ほどながらこういう作品を描くのかと興味深かった。日本画系の人物画が主ながら、ダヴィンチなどを描いた油彩画、鶴を描いたクレパス画などが展示されていた。老僧がこちらを見てにやりとしながら、左下に何かが火にくべられ煙が立つ《毀釈》という作品が印象的。僧侶が仏像や仏画を焼いて暖をとる「丹霞焼仏」という禅画の画題を取りながら、《毀釈》というタイトルになっていて、これは寺の息子ながら差別から「転向」せざるを得なかった西光万吉の想いが現れているという。出自から画家への道が絶たれながらも、晩年のこの作品で信仰を超えてきた果ての自らを描いたのだろうか。

博物館近くの住宅街にある荊冠旗と宣言が刻まれた水平社宣言記念碑を見た後、行きよりも激しくなった雨の中、また40分ほど歩いて御所駅に着いた。一度は行っておきたい博物館だった。会期が延長されて年が明けてからの22日まで西光万吉の特別展は開催されるとのこと。

 

 

12月に読んだ本のまとめ

 

葵せきな『あそびのかんけい』2巻
石川扇『私の怪談師はポンコツ可愛い』
依空まつり『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』II~IV
グレゴリー・ケズナジャット『言葉のトランジット』
坂本湾『BOXBOXBOXBOX』
竹町『スパイ教室』14巻

朝宮運河『現代ホラー小説を知るための100冊』
内田貴編著『弁護士不足 日本を支える法的インフラの危機』
樫永真佐夫監修、ミンパクチャン『変わり者たちの秘密基地 国立民族学博物館
金子信久『日本の動物絵画史』
濱野ちひろ『無機的な恋人たち』

 

 

動物性愛者に取材した『聖なるズー』の濱野ちひろの新刊を読んだ。今回の『無機的な恋人たち』は、ラブドールやセックスロボットと愛を交わす人々に取材したノンフィクションだ。等身大人形と結婚したことをカミングアウトしている希少な人物で妻のシドレをはじめ5人の人形と暮らすデイブキャット、等身大人形を芸術品として11体もの彼女らと暮らすジョゼフ、初音ミクと結婚して話題を呼んだ近藤顕彦、ラブドールメーカーのジーレックスとオリエント工業、「人間がラブドールになる」サービスを提供する人間ラブドール製造所など、等身大人形との性愛について取材した成果が8章に渡って綴られている。等身大人形との付き合い方について、ドールそれぞれに細かな個人設定を設けてパートナーとして扱うドールの夫タイプと、ドールにパーソナリティを見出さずあくまでフェティッシュな興味としてドールを集めるドール・フェティシストタイプに大きく二分されるのに始まり、ただラブドール愛好者と言って思い浮かべるより広い世界があった。興味深かったのは、等身大人形であるからこその人間と同じ身体の存在感が重要に感じられるところだった。著者がジョゼフの家の地下で暮らすことになった際に共にあるドールに自然と人間性を感じさせられていく場面。フィクトセクシャルとして初音ミクと結婚して式ではぬいぐるみと共に居たものの、やはり等身大の存在と触れ合いたいという願望。また、ラブドールの話はジェニー・クリーマン『セックスロボットと人造肉』の最初の章でも取り上げられていたが、同書がラブドールの技術進歩に対して人間らしさの消失を危惧していたのに対し、本書に登場する人々の多くが社交面で問題を抱えているように感じられないのも印象的だった。わざわざ取材に応じる人が集まっているのでバイアスはあるが。等身大人形との関わりが性愛のバリエーションとして捉えられるような気もしてくる一冊だった。フィクションの登場人物に恋愛感情などを抱くフィクトセクシャルについて取り上げた本を読みたいがあるのかな。

11月のまとめ

11月に行った展覧会のまとめ

 

逸翁美術館 あの作品に会いたい!~推しの作品、紹介します~
大阪大学総合学術博物館 薬学のチカラで未来を創る~大阪大学薬学部のあゆみと挑戦~
心斎橋PARCO 「パルコを広告する」 1969 - 2025 PARCO広告展
北御堂ミュージアム 加島屋400年「商都・大坂を支えた豪商と信仰」
大阪府中之島図書館 天保擾乱-大塩平八郎の実像-
川の駅はちけんや Hi ship!Project企画展「水都大阪の防災展」
大阪くらしの今昔館 大阪の商人が支えた芸術文化-浅野家伝来資料より-
近畿大学実学ホール 知に歴史ありー近畿大学創立100周年記念特別展示
大阪商業大学商業史博物館 知られざる豪商 岩城升屋
大阪商業大学アミューズメント産業研究所展示室 大囲碁史展-囲碁史料の深奥に迫る
髙島屋史料館 Imperial Warrant 皇室の御用達
WESTOON大阪日本橋 lack個展「シネマ珈琲紳士」
松原市郷土資料館 三宅西・池内・大和川今池遺跡にみる松原の古墳時代阪神高速6号大和川線の発掘調査成果を中心にー
大阪市立自然史博物館 学芸員のおしごと −集める・調べる・伝える−
京都御所 京都御所 宮廷文化の紹介
京都精華大学ギャラリーTerra-S 眠りから目覚めた名品たち–京都精華大学ギャラリーTerra-Sコレクション展2025–
京都工芸繊維大学美術工芸資料館 幻燈(ガラススライド)で知る世界のデザイン―パルテノン神殿からアール・ヌーヴォーまで
京都工芸繊維大学美術工芸資料館 ポスターで見るアール・デコ誕生とその後
京都府立京都学・歴彩館 京の鳥瞰図絵師 吉田初三郎 ―没後70年によせて―
京都dddギャラリー C-GRAPHIC/TAIPEI 2020年代台北グラフィックデザイン

 

 

数年ぶりに北御堂ミュージアム大阪商業大学に行って変わらない特色ある展示内容に懐かしさを感じたり、松原市郷土資料館や川の駅はちけんやなど存在だけ知っていた新たな場所に行ったりと、よく行くいつもの施設以外にも結構訪れることができ、新鮮な気分で展示を楽しんだ月だった。その中でも、初めて行った近畿大学の貴重書展は特に心に残った。

地元の図書館でチラシを見かけ、会期の最終日に近畿大学へ出かけて行った。東京で貴重書展といえば慶應義塾大学が開催している印象だが、関西に来てからは寡聞にして開催されているのを聞いたことが無かった。当日もらった出展リストの「近畿大学貴重書展のあゆみ」によると、実際にはコロナ禍の時期を除いて毎年開催されていたらしい。博物館の展示でも美術展でもない物はどうやって情報を集めればいいのか今でもわからない。企業博物館の企画展や百貨店の美術展、美術館でやらないアニメやマンガの展覧会、図書館系の展覧会など、展覧会情報をまとめているサイトでも網羅していない催しは多く、通いなれたおなじみスポット以外は目に入らない情報を得るのが難しい。今回は展覧会チラシを入手できて幸運だった。まだまだチラシも馬鹿にならない。

近鉄長瀬駅で降り、目に入った「近大通り」のゲートをくぐって通りを歩いていく。飲食店の多い商店街の先に、大きな入口を持つレンガ造りの建物があった。門をくぐって大学創設者・世耕弘一銅像を眺め、右に歩いていくと貴重書展の看板が出ていた。会場はガラス張りのホールで、敷設された展示ケースと壁面ボードに貴重書がびっしり展示されていた。ほとんど人がいない訳ではないが、好きな展示物を自由に選んでじっくり見られるぐらいの混み具合でちょうど良い。楔形文字の粘土板やヒエログリフパピルスから始まり、1240年頃のウルガタ聖書に42行聖書と、初っ端からコレクションに圧倒される。壁面の展示から離れて展示ケースを覗いてみれば、トマス・ホッブスリヴァイアサン』、ジョン・ロック『統治二論』、ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』に、ガリレオ・ガリレイ『天文対話』、ニコラウス・コペルニクス『天球の回転について』、アイザック・ニュートン『自然哲学の数学的原理』と、教科書などでもおなじみの有名本が開いた状態で展示されていた。すごい物が並ぶ中で特に興味を惹かれたのは、書物が貴重だった時代を窺わせる鎖付聖書、渦巻く蔓や紋章が施された金属透かし細工の枠が付いた祈祷書、パピエ・マシェにより細かな木彫り彫刻のような装幀がなされた主のたとえ話の3冊が収められた展示ケース。概念は知っていても聖書に付けられた鎖は衝撃的で、異様なまでに壮麗な宗教書と共に強く印象に残った。豪華な装幀では、表紙に宝石が埋め込まれた宝石本(jeweled binding)も目に留まった。華やかな装幀としてこういう方向に進んでいったのか。また壁側の展示に戻ってカール・マルクスの自筆書簡を見てからは、日本の貴重書や西洋古版地図と展示物の雰囲気がガラッと変わった。日本どころか製作年の判明している中では世界最古の印刷物である百万塔陀羅尼に始まり、春日版妙法蓮華経、天文版論語などが続き、16世紀のアジア図をはじめとする地図が壁一面にずらっと並ぶ。展示ケースには江戸期の古活字本の『徒然草』や『伊勢物語』、写本の『古今和歌集』に、近世日本で出版された中国の書物が陳列されていた。大河ドラマにちなんだ江戸期の出版文化コーナーもあり、遊郭文化を紹介したベストセラー『吉原細見』などが陳列されていた。物量で終盤は疲れてあっさり目で周る。地図のカルトゥーシュという装飾枠に描かれるイラストがそれぞれ時代感が出ていて面白かった。これから古い地図を目にする時に注目しよう。展示最終日で終了時間が早いため少し急ぎながらなんとか一通り見終わり、アンケートを書いて今回の特別展仕様のクリアファイルをもらって展示会場を出た。来年もあるなら行きたいな。11月に毎年開催されているみたいだから、その頃にまた調べることにしよう。

 

 

11月に読んだ本のまとめ

 

えるぼー『炒飯大脱獄』
イーダ・トゥルペイネン『極北の海獣
伏見七尾『獄門撫子此処ニ在リ』4巻

明田川進『音響監督の仕事』
今尾恵介『遊べる、学べる、役立てる 地理院地図の深掘り』
加藤喜之『福音派 終末論に引き裂かれるアメリカ社会』
三浦篤森村泰昌『キテレツ絵画の逆襲 「日本洋画」再発見』

ほし『遺失物統轄機構』

 

 

人間の手で絶滅に追い込まれたというエピソードで知られるステラーカイギュウ。フィンランドの作家イーダ・トゥルペイネンがフィンランド語で執筆した『極北の海獣』は、そんなステラーカイギュウを物語の中心に据え、この生き物に関わって生きた人々をいくつかの時代ごとに三部構成で描いた小説だ。ヘルシンキの自然史博物館に展示される巨大な骨格標本はいかにこの場所に至ったのか。ベーリング海峡に名を残すヴィトゥス・ベーリングを探険隊長として、博物学者ゲオルク・シュテラーら探検隊がシベリアの果ての先の海に挑む第一部。難破して飢えや病気で苦しむ中でシュテラーが発見して彼の名が冠されるようになる大きな生き物は、船員らの極限状態をしのぐ糧となったが、こうしてヒトに発見されてしまったことで絶滅に至る。ベーリングの探検からわずか30年足らずで。第二部ではロシア領アラスカ総督に就任することとなったハンプス・フールイェルムとその妻アンナの植民地経営と生活の苦心が描かれる。ラッコの数まで減りつつある不毛の地で発見された希少なステラーカイギュウの骨は、ロシア帝国の片隅の奇跡として植民地の可能性を照らす光になるか。老教授フォン・ノルドマンがステラーカイギュウのこの発見された骨格標本を知らしめる論文を執筆する際、その図版を女性画家のヒルダ・オルソンが描き、100年後に博物館の標本管理士ヨン・グレンヴァルが現代の水準で骨格標本を修復し、そしてヘルシンキの自然史博物館に収まるまでの顛末を描く第三部。生き物が初めて発見されて記載される第一部、発見時に標本を作れなかった生き物の標本がどうにか再発見される第二部、学術論文として発表されて博物館のコレクションとして収蔵される第三部。今月行った大阪市立自然史博物館の特別展が標本を軸に学芸員の仕事を紹介した展示で、収集するための道具、標本を収める収蔵庫の再現展示、標本を保存していく技術、研究して発表された論文、博物館の展示作りといった一連の過程が解説されていたため、ちょうど展示内容とリンクしていて読んでいて面白かった。太古の昔の絶滅はあるとしても、直近の出来事として人間が他の生き物を絶滅させる可能性を信じられない時代があったのだなあ。

10月のまとめ

10月に行った展覧会のまとめ

 

心斎橋PARCO ART365
阪神梅田本店 OSAKA ART FES 2025 HANSHIN
阪神梅田本店 優子鈴原画展 PAINTISM in 大阪
大阪府江之子島文化芸術創造センター 大阪・関西万博デザイン展
大阪府江之子島文化芸術創造センター 博覧会の残像
大阪府江之子島文化芸術創造センター 井上和雄 吉田脩二 それぞれの個展
滝畑ふるさと文化財の森センター
河内長野市立ふるさと歴史学習館
杏雨書屋 杏雨書屋の古地図-地図の歴史と日本のかたち-
杏雨書屋 杏雨書屋所蔵の日記類
田辺三菱製薬史料館    
ふねしる    
阪急うめだ本店 OSAKA ART MARKET 2025
京都国立博物館 宋元仏画─蒼海を越えたほとけたち
京都国立近代美術館 2025年度第3回コレクション展
京都蔦屋書店 DAICHI MIURA「Dolls
京都蔦屋書店 リュ・ジェユン個展「二つの島を行き来するカモメ」
京都dddギャラリー フェリックス・ベルトラン コネクション―ハバナ ニューヨーク 大阪 メキシコ マドリード 京都―

 

 

月の半ばに大阪・関西万博が閉幕した。土日の中央線の混み具合も落ち着き、コスモスクエア駅が実質終点になっていると思いきや、未だに夢洲駅まで夢の名残りを味わいに行く人が結構いるらしい。最寄りの本屋では「記念品にどうぞ」という売り文句で公式ガイドブックが積まれていて、一部世間の熱狂も過去になったのだなと実感した。

阿波座江之子島文化芸術創造センターで万博に関する2つの展示が開催されるのを知って行ってきた。今回の万博のデザイン面を取り上げた展示と、過去の万博の負の側面を取り上げた展示。後者の展示に興味があって前者はどうでもよかったが、同じ建物でやる以上はセットで見ることにした。土曜日に行くと前者が2時間半待ちで後者はまだ開催されておらず、数日後の平日に改めて出かけて行った。昼過ぎに大阪メトロ千日前線阿波座駅で降り、数分歩いて会場の江之子島文化芸術創造センターに到着。阿波座駅で降りるたびに、重なって道路が連なる光景がジャンクション界で西の横綱と呼ばれていることを思い出す。建物前には土曜日ほどではないが列ができていて、スタッフによると1時間ほどで入ることができるらしい。平日でも一日前は4時間待ちだったらしく、万博閉幕後でも冷めやらぬ熱を感じさせられた。小説を読みながら待っていると、自作のミャクミャクデザインにあしらった水筒や折りたたみイスを見せびらかしながら、おじさんが周りの人と万博トークに花を咲かせていた。40~50分ほど待って入場。

まずは大阪・関西万博デザイン展へ。今回の万博デザインは、公式のデザインシステムを起点として、アーティストやクリエイターによる会場装飾、サウンドスケープ、市民の参加や二次創作が重なり合った、一個人や一企業による成果物ではなく誰もが参加し関わっていく「生態系」だったことが挨拶で強調されていた。その根底に、こみゃくベースのオープンデザインシステムがあって、それによりリアルとデジタルを横断する文化的共有地として万博に参加・共創できるようにしていったと。読んでもあまりピンと来なかったが、この後にミャクミャク、というかそのパーツ?のこみゃくをあしらったデザインやサインがいくつも展示されていて、この加工しやすい概念を生み出し、目論見通りに二次創作などで盛り上がった……ということなのだろう。どうと言うこともない一つ目の同心円を組み込むだけで、ミャクミャクというか万博デザインっぽくなるのだから、すごい発明だと思う。万博デザインマーク及びミャクミャクが発表された頃に「寄生されている」という声が飛び交ったが、このこみゃくが「寄生」すると様々な物に万博らしさのイメージを植え付けるのだから、あながち笑い話でも無かった。

こみゃく。デザインシステムのIDが2024年4月頃からこう呼ばれ始めたという。

大阪・関西万博ロゴマークの制作プロセス、デザインシステムのセカンダリーカラー、タイポグラフィの推奨書体、サウンドスケープのデザインコンセプトなど、「いのちの循環」というコンセプトから来る全体的なデザインシステムの展示が並ぶ。こみゃくという発明のすごさを感じられる展示だったものの、このようなデザインシステムの下から各パビリオンのデザイン、もっといえば万博の象徴たる大屋根リングのデザインについての話を知りたかった。会場設計全般の話も。デザイン展よりは建築展の範疇に入るかもしれないが。あとは体感で半分ぐらいのパビリオンの中身が陳腐だったバーチャル万博のことも気になる。ミャクミャクがデザインシステムの根幹の産物とはわかったが、デザイン展と期待して行くにはミャクミャクというかこみゃく以外の展示があまりに少なかった。会場各所のこみゃくスポットの解説がなされていて、解説を読んでまた万博に足を向けたい人もいるだろうに、10月頭に始まった展示なのももったいない。大きな会場でもっと総合的な万博デザイン展がいつか開催されないだろうか。開催されても予約が一瞬で埋まって行けない可能性も高いが。

階段を上って4階の「博覧会の残像」へ。1階の賑わいが嘘のように空いている。こちらはキュレーターの小原真史が所蔵する博覧会関係資料から、戦後80年と関西での万博開催を機に博覧会とは何だったのかを改めて問い直す展示。昨年の大阪国際交流センターの展示で取り上げられた、1903年の第五回内国勧業博覧会で学術人類館の名のもとに人間を展示した人類館事件、今年の尼崎歴史博物館の展覧会で印象に残った、兵器や戦利品などを展示して国民の戦意発揚に貢献した昭和期の戦争博覧会、数年前に読んだ小原真史『帝国の祭典―博覧会と〈人間の展示〉』にあったネイティヴ・ヴィレッジなど、ここ数年で触れた博覧会の負の側面が一ヶ所にまとめられた展示だった。最後の書籍の著者が本展示のキュレーターなのもあって目新しい話はあまり多くなかったが、エキゾチックさが強調されたイラスト、人間展示の絵葉書や写真、戦闘機デザインの戦争博覧会のチラシといった生の展示資料が心に刺さる。最初の方で「産業技術と電気と博覧会」と題して、産業技術をPRして国威発揚していた最初期の万博と、万博と原子力の関わりについての解説と資料展示があって、ここは初めて見る資料が多かった。

隣の部屋の絵画展を見て建物を出た。万博デザイン展の終盤にあった「分断を超え、世界はそれでも繋がることができるのか?」という問いが頭の中で反響していた。分断を乗り越えられるかという根源的な問いを胸に〈共にある〉という感覚の再構築を試みたのが今般の万博だったらしいが、同時代的な体験としてすら果たして共有されているのだろうか。

 

 

10月に読んだ本のまとめ

 

依空まつり『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』
二月公『声優ラジオのウラオモテ』13巻
松永K三蔵『カメオ』
李琴峰『月を見に行こうよ』

朝日新聞出版編著『関西ミュージアムガイド』
烏谷昌幸『となりの陰謀論
ちいさな美術館の学芸員学芸員が教える 日本美術が楽しくなる話』
西谷格『一九八四+四〇 ウイグル潜行』
松本創編著『大阪・関西万博 「失敗」の本質』

 

 

2023年の夏に中国の新疆ウイグル自治区を旅したルポルタージュの西谷格『一九八四+四〇 ウイグル潜行』が面白かった。5分歩くと別の警察組織に出会い、街全体として異様に警察官が多い最初のウルムチの描写から不穏さが漂う。都会のウルムチから離れて自治区内の都市を転々としていく中で、国家の締め付けや監視の下で言葉を失いながらも日々を過ごすウイグルの人々に出会っていく。ウイグル語教育がもはやなされず、モスクがどんどん潰されて国家管理の一部のモスクで集まるしかない状況下でイスラム教信仰も薄れていき、「教育施設」への収監で同化が進む。観光資源としてのモスクは残されながら、監視社会で民族のアイデンティティが消えていっている姿にぞっとした。写真を撮っては警察に消せと言われ、薄氷の上で現地人にインタビューを続けていた著者も、留置場に入って過酷な取り調べを受ける憂き目に遭う。国境を越えて中国から脱したカザフスタンではウイグル人に自由に取材できると思いきや……。最後までハラハラさせられながら、ディストピア国家さながらの社会を生きるウイグルの人々の暮らしを知ることのできる一冊だった。

9月のまとめ

9月に行った展覧会のまとめ

 

造幣博物館 造幣局と戦争Ⅱ~戦時下を生きた職員たち~
国立文楽劇場資料展示室 文楽絵画の華
髙島屋史料館 Imperial Warrant 皇室の御用達
大阪府中之島図書館 山崎豊子パネル展Ⅱ-戦争三部作を中心とした、作家・山崎豊子の平和への思い-
阪急うめだ本店 2025 アール・ヌーヴォー 魅惑の煌めき ガレ・ドームガラスの世界展
大阪歴史博物館 YABU MEIZAN
大阪歴史博物館 大阪の宝 in 大阪歴史博物館
大丸心斎橋店 ガレ&ドーム アール・ヌーヴォーガラスの美展
狭山池博物館 2025年度博物館実習生展「祈りの旅 ~命がけの巡礼~」
狭山池博物館 古代河内湖沿岸の地域開発と水運
さかい利晶の杜 線路はつづくよ堺まで -オモチャと実物でたどる「世界・日本・堺」の鉄道の歴史-
堺市役所高層館展望ロビー 『ゴルゴ13』×堺市 「さいとう・たかを劇画の世界2025」
大阪大谷大学博物館 関西のスポーツ産業の「むかし」と「いま」-スポーツ用品からトップスポーツまで-

 

 

月末に大阪・関西万博に行ってきた。早い時期にチケットを入手していたものの、様子見しているうちに炎天下の夏休みシーズンとなり、気温が少し下がってそろそろ行くかと思い始める頃には閉幕近づく駆け込み期になっていた。午前に入場したかったが妥協し、東ゲート12時入場をどうにかもぎ取ったのが閉幕のちょうどひと月前。数日後に空き枠が完全に無くなったニュースが流れたので、入場枠を確保できただけマシだった。7日前予約と3日前の空枠予約は全敗してパビリオン予約の無い状態で当日を迎えた。

髙島屋史料館の「万博と仏教」展を監修した君島彩子による宗教文化に関するパビリオンの紹介記事*1、海外マンガのブックカフェ・書肆喫茶moriの万博で出会えた海外マンガレポnote*2、大阪特集号だった『芸術新潮』2025年6月号の万博レポの3つを参考に、Xで比較的並ばず入場できるパビリオン情報を漁り、行き場をいくつかピックアップして出発した。東ゲート予約でも西ゲートに移動して入場できるらしいので、予約時刻である12時の1時間前に夢洲駅に到着。入場待ちの人の山で東ゲートの入場口が見えない。連なる万国旗の下に並んで西ゲート移動の解禁時刻を待つ。10分ぐらい本を読んでいると列が動き始めた。会場に背を向けて迂回路へ踏み出すと、フンデルトヴァッサー建築のカラフルな塔が遠くに見えた。前を歩く人のリュックで揺れるミャクミャクが収まったぬいポーチが妙に目についた。途中で大阪IRプロジェクトの新築工事事務所が目に入り、万博後のカジノ用地利用のことを思い出した。20分ぐらい歩いて西ゲートに着き、混雑の無い手荷物検査を抜けて入場できたのは11時半過ぎ。東からの入場だと13時を過ぎていただろうから、さっさと入場できて良かった。案の定混雑はしているものの身動きを取るのが難しいほどではなく、その辺のベンチにも座れる場所はちゃんとあった。中学校名が印刷された腕章を付けた人が歩いていたり、小学生らしき集団がパビリオンに並んでいたりと、あと2週間の会期でもまだまだ学校行事での来場はあるようだ。

東京に居た頃に阿佐ヶ谷のミニシアターでチェコアニメを何本か観て興味を抱いていたので、最初にチェコパビリオンに向かった。15分ほど歩いて待機列に並び始め、10分足らずで初のパビリオン入場を果たした。ガラス張りの外壁のらせん回廊を上っていく構造で、壁に描かれたドローイングをはじめ、主に内側に美術品などが展示されていた。ドローイングよりはガラス工芸品に惹かれ、公式マスコットのレネのガラス彫刻や、『ハーバリウム』というガラス作品がいくつも吊り下がったインスタレーションが印象に残る。後者の吊り下がった個々の作品がナンに見えてしまい、コンセプトらしい自然の儚さ以上にインド料理屋でひたすらナンをおかわりする光景を想起してしまったが。チェコの先端産業として国内企業Prusa Researchの3Dプリンターが展示されており、業界での立ち位置は不明ながら同国に3Dプリンター企業があることを知る。大阪大谷大学博物館で3Dプリンターで製作された展示資料を最近目にし、本物の代替品としての展示利用がもっと進むと良さそうと感じたので、3Dプリンター出力らしき人形が展示されていたのは興味深かった。チェコが参加した歴代万博をレネの入ったイラストとともに解説する英語のパネル展示を後で読もうと撮影し、グラフィティアートっぽいJosef Ratajの絵画作品を鑑賞して屋上へ。中国、クウェートオーストリアといったパビリオンが見えた。レストランを横目に階段を降りていって退館。

公式マスコットのレネの作品が集められた一角。出口でぬいぐるみが7700円で売っていた。

スイス、オーストリア、ブラジル、中国と近くに立ち並ぶパビリオンがどこも入場規制しているのを見て、なるほど並ばない以前にもはや並べない万博になっているのかと悟る。並ぶ人がいなかった国際機関館にとりあえず入り、一応の目的地にしていたコモンズA館も入口前に人が見当たらなかったので入館。それぞれの規模は小さいとはいえ、30近い国の展示を見るのは一通り周るだけでも疲れてくる。すぐ入れることに定評のあるUAEパビリオンで木の匂いを味わい、ぐるっと北西部に回ってバーラトパビリオンへ。メインの展示よりは窪みにポツポツと展示されたテラコッタ作品が印象に残った。お隣のインドネシアパビリオンも比較的並ばないらしいが入場規制で入れず、数個隣のスペインパビリオンへ。

列が進むのが早いらしいのと海外マンガ情報から、スペインパビリオンの列に並ぶ。20分ほどの待ち時間で入場。ほの暗い空間に青い光がぼんやり光る水族館のような空間で、海をテーマにしていくつかのトピックがパネル展示などで展開されていた。まずは日本との縁として、1609年の千葉県沖で難破したガレオン船の救助と、1613年の伊達政宗による支倉常長のスペイン・イタリアへの派遣が紹介されていた。この交流史が黒潮をキーワードに語られ、海流という視点から海というテーマに沿った展示に仕上げられているのが面白い。通路を挟んで反対側にあったのが、19世紀にイギリス軍により沈没させられた船の積み荷を巡る裁判の解説パネルと、その顛末を描いたパコ・ロカのマンガだった。この難破船を略奪して調査を妨げていたトレジャーハンター会社と、船と積載物はスペイン国家に属すると主張するスペイン政府との間で裁判となり、政府側の主張が通った水中遺産保護の事例として挙げられてた。書かれた文字は読めないものの、『皺』で知られるパコ・ロカのマンガをまた見ることができたのは嬉しい。その後はドン・キホーテの風車の話に絡めて洋上風力発電技術について紹介したり、海洋資源の中でも藻類に焦点を当ててバイオテクノロジー技術について展示していたりしていた。スペインで海といえば大航海時代が思い浮かぶが、今の時代に大航海時代の話を万博という舞台ではなおさらできる訳も無く、その中で日本との繋がりと先端技術アピールを組み込んで展示としてまとめあげていたのは印象に残った。

そろそろ並ぶ所にも行ってみるかとうろつき、最大3時間待ちと微妙な言い回しをしていた中国パビリオンに並ぶ。読んでいる小説があと数章になったところで入場できた。待ち時間は約40分。手を上げて会釈してくれる人型ロボットが入口にいたがスルーされた。入ってすぐのモニターで『黒神話:悟空』のプロデューサーが語る映像が流れていて、中国の諸産業の中でゲームプロデューサーがここに選ばれるのかと驚く。中国絵画風のタッチで季節の移ろいを描いたカラーアニメが巨大なモニターで流れていた。ほどほどに観た後、展示ケースの中の資料を順に見ていった。殷末期の卜骨、西周の青銅器、顔真卿の『明拓干禄字書冊』、清代の印刷技術を記した『欽定武英殿聚珍版程式』と、長きに渡る中国の歴史を感じさせる展示物が並ぶ。展示ケースがモニターになっており、タッチすることで展示物の情報や3Dモデルがケース上に表示される便利技術がさらっと披露されていた。こちら側からは見えない現物の裏にある模様などが3Dモデルをぐりぐり動かせばあっさりと見ることができる。『明拓干禄字書冊』などの冊子は3Dモデルの代わりにページを開いた拡大映像が表示され、ページをめくって中身を確認できる。目の前の時代の重みある資料以上に、この展示ケース技術の方に感銘を受けた。導入場面は限られそうだが、美術館や博物館の展示で使われているのを見てみたい。国立公園の生き物を紹介する横長モニターを流し見して2階へ。階段には日中交流史を彩る人々のレリーフがずらっと並んでいて、これもまた見応えがあった。鑑真和尚、松下幸之助と握手する鄧小平、鉄腕アトム孫悟空など。宇宙船と深海に関する展示を見て退館。

行っていなかった南西エリアへ向かうも、どこに並べばいいかもわからない列に辟易し、歩き回ってパビリオンの外観だけを眺めていた。外食パビリオン宴の2階でちょっとした展示を見て、バーチャル万博での展示が良かった覚えのあるトルコパビリオンに並ぶ。30分ほど並んで入館したが、大してモノの来ていないパビリオンで落胆した。万博会場で見てねと投げっぱなしな展示をするパビリオンも多いバーチャル万博の中で、比較的マシな所だったと思うが現実は厳しかった。苦戦の末に19時から飯田グループ×大阪公立大学パビリオンの当日予約が取れたので、それまでの時間潰しにあまり並んでいないパビリオンを攻めていく。アルメニアブルネイモザンビークと周ってリングサイドマーケットプレイス西を覗き、大屋根リング下のベンチで小説を読んでいると良い時間になったので飯田グループパビリオンに入った。未来の都市をテーマとして展示で、未来都市の巨大ジオラマを中心にスマートシティや人工光合成、未来の住宅デザインの解説がなされていた。最初に高松伸が設計したパビリオン自体の説明があり、2つのギネス記録に認定されたとPRされていたが、「世界最大の扇子形の屋根」と「世界最大の西陣織で包まれた建物」じゃなあ……。パビリオンという一時の構造物がギネス認定されるのもどうなのだろう。一通り展示を眺めて退館。19時も過ぎてタイムリミットとしての入場規制がかかる中、並ばずにバングラデシュセネガル、コモンズEと周り、15分ほど並んでブラジルパビリオンの展示を見て万博会場を後にした。セネガルの展示で、大きなモニターで奴隷貿易の負の歴史を持つゴレ島の映像解説がずっと流れていたのが心に刺さる。可能な範囲でまあまあ楽しんだ一日だった。

 

 

9月に読んだ本のまとめ

 

逢縁奇演『こちら、終末停滞委員会。』4巻
葉山博子『南洋標本館』

浅川満彦『獣医さんがゆく 15歳からの獣医学』
岡田温司『人新世と芸術』
ちいさな美術館の学芸員『忙しい人のための美術館の歩き方』
戸部田誠『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』
友松夕香『グローバル格差を生きる人びと 「国際協力」のディストピア
永井孝志、村上道夫、小野恭子、岸本充生『世界は基準値でできている 未知のリスクにどう向き合うか』
長谷川直之『天気予報はなぜ当たるようになったのか』
法念『アフリカの歴史と今がわかる本』
松本俊彦『身近な薬物のはなし タバコ・カフェイン・酒・くすり』

 

 

万博の行き帰りと待機列で、3分の1ほど残っていた『南洋標本館』を読み終えた。かなりの時間を並んで過ごすと思っていたので他に小説を2冊持って行ったが、他の本は開く暇も無かった。日中戦争期のベトナムを舞台としたデビュー作の『時の睡蓮を摘みに』に続く第二作は、日本統治下の台湾で育ち、ともに植物学者を志す日本人青年と台湾人青年の2人の戦争に翻弄されていく人生を描いた歴史小説だった。日本の植民地下にあるから日本国籍ではあるものの、二等公民の台湾人であるがゆえに出世の道は無く、学問の世界でも安定したポストを得ることはできない。抗日闘争に関わった実父の過去を知り、台湾の本土復帰を目指す抗日運動への誘いを受けてアイデンティティを揺さぶられながら、日本人として、植物を採集し研究する学者として生きていく。日本人青年は台北帝国大学の研究者となり、台湾人青年は陸軍軍属の技師となって南洋地域の植物調査へと旅立っていく。そして日本の敗戦によって日本と台湾の立場は一変し……。タイトルの「南洋標本館」からどこかの植物館の設立物語かと思って読み始めたが、前作と同じく植民地統治下で暮らす様々な立場の人々が戦争で揺さぶられていく重たい作品で、そこに戦時下の学者の軌跡が描かれていたのが興味深かった。謝辞を見るに植物学者の細川隆英がモデルの一人なのかな。

*1:ちえうみPLUS「大阪・関西万博で宗教文化に出会う[前編]」

https://chieumiplus.com/article/column-expo2025-part1

*2:note「大阪万博に行ってみたら意外に海外マンガに出会えたレポ大阪万博に行ってみたら意外に海外マンガに出会えたレポ」

https://note.com/bookcafe_mori/n/n62d8cf759372

8月のまとめ

8月に行った展覧会のまとめ

 

エスパス ルイ・ヴィトン大阪 YAYOI KUSAMA INFINITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION
大阪府中之島図書館 1/300のたくらみ 景観模型の世界
VS. 台湾スペクトル
国立文楽劇場資料展示室 文楽を知ろう!
橋本市岡潔数学体験館
橋本市郷土資料館
なんばマルイ ハッピーシュガーライフ10th Anniversaryミュージアム
尼信会館 にっぽん博覧会ものがたり(第2期現代編)
世界の貯金箱博物館 万博参加国の貯金箱展
尼崎市立歴史博物館 価値の手直し展
尼崎市立歴史博物館 すごろくで時代めぐり-遊びから見える人々のくらし-
阪神梅田本店 ウルトラヒーローズ EXPO2025 うめだサマーフェスティバル

 

 

サークルの人たちと通話した折に経県値*1の話となり、あまり行ったことのない地域に行ってみようと思い立って和歌山県橋本市に行ってきた。北は大阪府河内長野市、東は奈良県五條市に接する和歌山県の北東端の市だ。南海高野線の行き先で橋本駅を目にする以上の印象はあまり無い。今年4月に郷土資料館が移転オープンしたのを知って気になってはいたが、同館だけを目当てに橋本までわざわざ向かうには腰が重く、郷土資料館のインスタを通して近くに岡潔の記念館があると知って出かける決心がついた。

南海高野線に乗って大阪府を南下していく。美加の台駅を過ぎたあたりから窓の外の緑が多くなっていき、それからトンネルを何本か通って目的地の紀見峠駅に着いた。岡潔の記念館は林間田園都市駅からのバスがサイトで案内されているが、知らない場所に行く以上は歩きたかったので一つ前の駅から歩くことにした。駅の改札を出ようとして脇の白い箱が目に留まる。これはいわゆる白ポストでは。青少年に悪影響を及ぼすとされる書籍や雑誌を回収するために設置された悪書追放箱。全国的に数が減少しているらしいがまだ現役の場所もあるのか。

上の面に「子供のためによくない雑誌を入れてください。」と書かれている

改札を出る。目の前の個人商店と自動販売機以外は駅前に特に何も無い。地蔵寺に参拝する親子を横目に橋を渡り、左に曲がって坂を上っていく。紀伊見荘という旅館の前を過ぎ、木々に囲まれた上り坂の道路をどんどん進む。上り坂が終わって連なる家々が見えたところで、地図アプリで目にした住宅地に辿り着いたとわかった。幹線道路と繋がる道に通じる階段を降り、大きな道路に出て振り返ると数段高い所に家々が連なっているのが見えた。上って下りるルートになったが、橋を渡った後に右に曲がっていたら幾分楽な道だったらしい。記念館がある紀見ヶ丘(下記地図の右側)に入る道が南北に一ヶ所しかないため、地図上では近そうでもぐるっと回って再び坂を上っていく。案内板に従って小学校の構内に入り、奥にある橋本市岡潔数学体験館にようやく辿り着いた。駅から歩くこと30分。この小学校にはまだ二宮金次郎像があるんだ。

入館すると館内の案内を兼ねて職員の方が廊下の展示を解説してくれた。東京大学の総長が北里柴三郎岡潔について語った卒業式告辞と、岡潔が数学の有益さについて問われた時に答えた「スミレはただスミレのように咲けばよい」という言葉。幼少期から晩年までの写真の数々。岡潔中谷宇吉郎が親交を深めた話を聞いた。また、この施設は小学校の空き教室を利用して土日祝のみ開館しているが、通う生徒数は少なく、別の地区の小学校に統合される形でこの学校は無くなるらしい。昨年オープンしたばかりの施設がいきなり潰れることはないと思いたいが、小学校として機能しなくなってからもこの施設は続くのだろうか。写真を中心に廊下の展示について解説してもらった後、奥にある展示室へ。入口にある犬と共にジャンプする岡潔の写真以外は写真撮影OKとのこと。展示室は岡潔の生涯について解説したパネルと資料のほか、数学について楽しみながら学べる教材が置かれていた。岡潔の業績について説明しようにもスタッフ自身がわからず、講演してもらった教授に多変数関数論について簡単に説明してもらった内容が展示されていて、地元ゆかりの偉人として解説を求められるスタッフの苦労が偲ばれる。三角形から正方形といった図形の変換を学べるパズルに、放物線の原理を学べるビー玉を転がして放物線に当てる装置、三平方の定理がわかる装置など、「数学体験館」の名前通りの、科学館で目にするような体験展示コーナーがいくつもあった。まさかこんな場所でフィンランドの装飾品であるヒンメリを見るとは。幾何学アートの文脈で展示されているらしい。ざっと体験して展示室を出た。自由研究で岡潔を取り上げるからここへ問い合わせたいという話も無いなあと職員の方が話しているのを聞きながら、岡潔の業績の説明の難しさを感じさせられた展示を思い出す。さんすう教室や大人の数学講座のほか、岡潔箴言教室といったイベントを開催しているとのこと。地域の科学館として小規模でも続いていってほしい。

手前のビリヤードは楕円の性質を学べる

数学体験館を後にして林間田園都市駅に向かって歩き出す。上った後なので下り坂の道のりが楽だ。幹線道路に出て道なりに進んで駅にはあっさり着いた。駅の西側の住宅地には足を踏み入れなかったため、駅の近辺に家がほとんど見当たらずマンションの連なる光景が印象に残る。タイミングよくすぐに来た電車に乗って一駅先の御幸辻駅へ。下の地図は、A紀見峠駅→B橋本市岡潔数学体験館→C林間田園都市駅の当日の歩行ルート。数学体験館に行くなら歩くとしても林間田園都市駅から向かうのをオススメする。

御幸辻駅から10分ほど歩いて橋本市郷土資料館に到着。紀見地区公民館との複合施設となっている。郷土の偉人として岡潔前畑秀子、古川勝の3人を年譜と映像で紹介するコーナーを通り過ぎて常設展示室に入る。橋本市の前近代の歴史を「陸のみち」「川のみち」「祈りのみち」の3パートで紹介し、「人々の暮らし」のパートで産業や祭りについての資料を展示する。南海道により古代から橋本が文化の伝達ルート上にあり、時代ごとにルートが増えていくのを解説した地図が興味深かった。市内中央を東西に流れる紀の川が当地の人々の暮らしに与えた影響の大きさを知る。そもそも橋本という地名自体、紀の川に橋を架けたという言い伝えに由来するらしい。

数学体験館でもらってきた橋本市の観光ガイドブックをぺらぺらめくり、高野口駅のすぐ近くにあるガラス張り木造建築の葛城館が気になった。調べてみると明治期に建てられた登録有形文化財の旅館建築で、現在はカフェとして営業しているらしい。機会があれば行ってみたい。

 

 

8月に読んだ本のまとめ

 

葵せきな『あそびのかんけい』
井戸川射子『移動そのもの』
グレゴリー・ケズナジャット『トラジェクトリー』
駒田隼也『鳥の夢の場合』
向坂くじら『踊れ、愛より痛いほうへ』
白鳥士郎りゅうおうのおしごと!』20巻
竹町『スパイ教室』13巻
月島総記/風雅宿『神椿市建設中。NOVELIZED』
日比野コレコ『たえまない光の足し算』

今井誠『あの会社はなぜ、経済学を使うのか? 先進企業5社の事例でわかる「ビジネスの確実性と再現性を上げる」方法』
齋藤久嗣『東京23区 くつろぎの超個性派美術館・博物館』
北海道大学大学院文学院文化多様性論講座博物館学研究室、田村実咲編著『開講!木彫り熊概論 歴史と文化を旅する』
舛友雄大『潤日(ルンリィー) 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』
山本浩貴『12ヶ月で学ぶ現代アート入門』

トーベン·クールマン『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』

 

 

府立図書館にずっと読みたかった『開講!木彫り熊概論』が所蔵されていると知り、借りてきて読んだ。同名の展示企画をもととした、北海道土産のイメージが強い木彫り熊についての概説書で、木彫り熊の歴史に始まり、ブーム時から木彫り熊を販売していた企業へのインタビュー、歴史資料や芸術品として木彫り熊を展示する取り組みの紹介、北海道外や海外に残る木彫り熊の足跡、美術史の中の熊といった木彫り熊についての博物館展示を鑑賞するような一冊となっている。写真や図版も掲載されているとはいえ文字で解説していくのがメインのため、木彫り熊の写真は決して多くはなく、作り手ごとの差異を分析したり、ポーズを比較したりする本では無い。木彫り熊の写真集なりを別に探して来ればよかった。木彫り熊の歴史は、農村美術運動を発端に八雲町で作られた物と旭川市近文でアイヌの人々が和人向けの土産品として作られた物の大きく2つに分けられ、大正末から昭和初期にかけて生まれたこの2つの源流が影響を及ぼし合いながら発展し、高度経済成長期の北海道旅行ブームの中で土産物として大ヒットしたという。木彫り熊が生まれるきっかけとしてスイス・ベルン州のペザントアートがヒントになったとされる話が面白かった。ベルンは「クマ」を語源とする地名で、公園でクマを飼育していたり、街の紋章や噴水などにクマのモチーフが多用されているらしい。徳川義親がスイス土産で購入した熊の手工芸品が徳川農場に送られ、農閑期の農民の財政補填や生活向上の一環としてこれらを参考に木彫り熊が作られるようになったと。昭和30~40年頃の木彫り熊ブーム期には、北海道内だけで生産が追い付かず長野県から輸入したり、 本州から来た人が北海道旅行中に住み込みで店員として働いていたり、「現在道内で生産される木彫り熊は、年間約250万個、ザット15億円」と観光雑誌に書かれたりと、木彫り熊作りが予想よりも遥かに一大産業として成立していたのに驚いた。様々なインタビューやエッセイから浮かび上がる木彫り熊文化は興味深かったものの、本の中で名前だけ紹介されている八雲町木彫り熊資料館の具体的な展示や職員の方の話は聞きたかった。

*1:47都道府県を訪れた経験を6段階で判定した数値。都道府県単位だけではなく、各都道府県内の市区町村レベルでも算出できる。

https://uub.jp/kkn/

7月のまとめ

7月に行った展覧会のまとめ

 

MBSちゃやまちプラザ 「結城友奈は勇者である」10周年記念 勇気のバトン展
堺市博物館 堺の技と美 工芸を彩るレッド&ブルー
尼子騒兵衛漫画ギャラリー 艶やか、雅やか、機能美。衣装をまとった乱太郎たち 時代や異国を感じる趣き~『尼子騒兵衛作品集』書き下ろし原画を中心に
尼崎市総合文化センター 白髪一雄と具体Ⅲ 1970年大阪万博との関わり
尼崎市総合文化センター 田中達也日本画展「刻ノ道標~その先をみつめ~」
芦屋市立美術博物館 具体美術協会と芦屋、その後
芦屋市立美術博物館 芦屋の焼き物たち
芦屋市谷崎潤一郎記念館 オン・ステージ~舞台の上の谷崎作品~
芦屋市谷崎潤一郎記念館 田中達也日本画展 響存する視辿
梅田蔦屋書店 RYO FUJIWARA EXHIBITION 『essence』
堺市博物館 堺のたからもん-金で魅せる・黒を愛でる-

 

 

仁徳天皇陵の新発見の副葬品が初公開されると聞き、月末に堺市博物館に行った。関西万博にちなんで赤色と青色をテーマとした企画展に続き、同館を訪れるのは今月で2度目となる。今回の企画展は「堺のたからもん 金で魅せる・黒を愛でる」という金色と黒色をテーマとした展示で、その中でこの新発見の副葬品が公開されるという。堺市博物館の常設展示場は百舌鳥古墳群の展示から始まり、展示室に入ると仁徳天皇陵古墳前方部から発見された石槨の再現展示がまず目に入ってくる。館に来ると目にするあの石槨からの新発見だろうかとワクワクしながら入館した。

博物館のすぐ近くにある仁徳天皇陵拝所

「黒」の黒樂茶碗と「金」の春日硯蒔絵箱が企画展示場の入口にちょろっと置いてあり、展示場に入るとお目当ての仁徳天皇陵古墳新発見の副葬品の展示コーナーがいきなりあった。今回の発見物は明治5年(1872)に仁徳天皇陵古墳の調査に携わった好古家の柏木貨一郎が所持し、実業家の益田孝が旧蔵していたのが、時を経て昨年國學院大學博物館の所蔵となった物だという。親指ほどの大きさで長さ10cm程度の金銅装刀子と甲冑金具の小片が展示されていた。特に刀子について深く解説されていて、通常は革製の鞘が用いられることの多い刀子の装具が、檜製の鞘を金銅板で覆って縁を銀の鋲で留めた珍しい物であるという。複数の角度からのX線CT分析の映像が流されており、肉眼で見ているだけではわからない銀製の鋲と木製の鞘の表面を覆う金銅板はこの分析手法によってわかったらしい。鞘に覆われた状態でもかなり小さい刀子がどのように使われたか不明ながら、あえて素材やサイズを変えて死者や神に捧げる祭具として作られたのではないかという推測が述べられていた。今年の3月には古墳への立ち入り調査が行われたが、もっと調査が進んで研究に進展があるといい。ちなみに、刀子も甲冑金具のいずれも銅板に金メッキした金銅であり、なるほど「金」の品々として今回の展示テーマにどうにか合わせて出しているのが面白かった。

目的は果たした後は残りの展示をぐるっと回った。「金」の展示は、古墳出土の帯金具や耳環、堺環濠都市遺跡出土の金箔を貼った土器といった考古資料に、藤沢南岳筆の漢詩屏風や土佐派の源氏物語図屏風といった屏風、紺紙に金泥で書いた般若心経や截金で衣を描いた阿弥陀如来像といった仏教美術品が展示されていた。堺市博物館といえば思い浮かぶ住吉祭礼図屏風、かつて堺市の湊村で焼かれたという将棋型香合と宝鈴、南蛮貿易での輸出品と思われる草花蒔絵螺鈿洋櫃と、堺らしい展示物も目を引いた。草花がびっしりと描かれた小さな宝箱のような洋櫃は特に印象に残る。

「黒」の展示は書の展示が予想通り多かった。比田井天来筆の篆書の対聯で、中に点がある黒い丸が3つ伸びている星の字の篆書体が、ミャクミャクみたいとキャプションにあったのには思わず笑ってしまった。記号として優秀すぎる。水墨画の山水図屏風と瀑布図を鑑賞した後は、「黒を使う」というテーマで黒漆、黒い器、墨という3つの着眼点から、それぞれ黒漆の付いた須恵器、黒織部茶碗、墨をする際に使うウサギ型の水滴などが展示されていた。「漆で守る」というテーマでも瀬戸黒や樂茶碗といった黒い器は展示されていて、陶磁器は書と同じく結構な量展示されていた。

「金」と「黒」それぞれの展示の後には、最後の展示として「金と黒の競演」として数点陳列されていた。桜菊桐蒔絵大棗、金地に墨で描いた墨竹図扁額はなるほどと思ったものの、与謝野晶子愛用の着物が現れて展示テーマへの納得感以上に堺市ならでは展示だなあという納得感が勝って面白くなって展示を周り終えた。与謝野晶子堺市の生まれで、市内には与謝野晶子千利休という堺ゆかりの2人の偉人をテーマにしたさかい利晶の杜というミュージアムがある。そういえば、本展示場の入口にあった黒樂茶碗は平成期の物だが、楽焼を作る樂家は千家の茶道具を製作する千家十職の一員だ。千利休に関する所から始まって与謝野晶子で終わる、堺という土地柄が出た展示だった。

 

 

7月に読んだ本のまとめ

 

逆井卓馬『ざつ旅謎-That's "Mystery" Journey-』
ポール・サン・ブリス『モナ・リザのニスを剝ぐ』
宮澤伊織『裏世界ピクニック』10巻

太田祥暉『ライトノベル50年・読んでおきたい100冊』
田中昇『エクソシストは語る エクソシズムの真実』
塚田修一、松田美佐編『大学的多摩ガイド こだわりの歩き方』
北米エスニシティ研究会編『北米の小さな博物館3 「知」の世界遺産
増永菜生『カフェの世界史』
松浦優『アセクシュアル アロマンティック入門 性的惹かれや恋愛感情を持たない人たち』
若松邦弘『わかりあえないイギリス 反エリートの現代政治』

 

 

日本唯一のエクソシストエクソシズムの体験談や悪魔について語るという触れ込みが面白そうだったので『エクソシストは語る』を読んだ。自身が執行した悪魔祓いの儀式の体験談、エクソシズムについての解説、悪魔という存在への見解を述べる第一部と、大学院まで応用化学を学んで化学メーカーに勤務していたのがどうして司祭に転身したのか、司祭となるまでの人生について綴り、最後に現代社会について述べた第二部からなる。「日本唯一のエクソシスト」と書籍の紹介文では書かれているが、筆者がエクソシストとして活動したのは2016年から2017年にかけてであり、日本で正式に任命されて活動した人物はおそらく自分だけだから「日本唯一」のようだ。フィクションのイメージしか無かったエクソシストが実在していて、この科学の発展した現代において活動していたのは興味深く、カトリック教会で司祭が日々どういうことをしているのか、幼少期から信徒で無かった人物がいかにして聖職者になっていくのかの一例としても面白かった。特に印象的だったのは、悪魔の実在を疑わない所とエクソシズムと精神医学がはっきり区別されている所だ。1999年にエクソシズムの儀式書が改訂され、その折に枢機卿が悪魔は実在すると公式に発表するなど、悪魔は観念として論じられる存在ではなくカトリック信仰の根幹に実体として在る。悪魔の否定は聖書の否定に繋がり、カトリックの教義の下で聖なる生活を送るのと悪魔の働きを警戒して退けていくのは表裏一体だという。悪魔の実在は繰り返し述べられているが、納得できるようであまりピンと来ないので、以前途中まで読んだ神義論の入門書にもう一度向き合ってもいいかもしれない。エクソシズムが精神医学と峻別されている所は興味深く、精神疾患などに罹っていないとはっきりした上で悪魔祓いの儀式は行われるべきで、執り行う際には医者や心理学の専門家と連携するのが望ましいという。本書で描かれるエクソシズムの体験談も、実際にはいずれも精神疾患による物で本物の悪魔憑きでは無く、最終的に医師の手に委ねている。エクソシズムが儀式であるからこそ手続きや執行について定めがあり、その式文まで掲載されていたのも面白かった。ローマ教皇庁立大学ではエクソシストの養成講座もちゃんとあるんだ。