暗い世界 ウェールズ短編集

 先月のまとめで書いたが、読んだ本、主に小説の感想を残していくことにした。読書体験のほとんどが図書館由来で、来館時に目についたものを気ままに借りては読んで返していくため、個々の読書を振り返りたくなった際に見返せる具体的な記録が欲しい。また、日常で文章を綴る経験値を積んでいきたい。都合よくブログをやっているので、たまに書いていこうと思うに至る。自分の記録が主目的ながら、興味がある方は拙文ながらお付き合いください。

 

 

 今回取り上げるのは、最近読んだ『暗い世界 ウェールズ短編集』(堀之内出版、2020)。その中でも表題作の『暗い世界』について、つらつらと書く。20ページ足らずの短編なので、内容には踏み込みます。

 人が亡くなった家を訪ねて回る、ジムとトマスの2人の少年の話。9人兄弟のジムは空腹を満たすために通夜で出されるおこぼれを狙っている。ジムより生活に余裕のあるトマスは、縁者のフリをして弔問客として振舞うお遊び感覚でジムに付き添っている。雨の中で3マイルも4マイルも歩いた果て、トマスは自分の家で働いていた女性が亡くなった家を訪ねてしまう。身近な存在の死を眼前に体感し、自らと隣り合わせに厳しい暗い世界が広がっていることを実感して、世界に対する憎しみを抱く。

 自分とは離れた世界だと思えていた厳しい現実が、ふとしたことで自分にのしかかってくる。コロナ禍によって、満たされていた状況から一挙に転落してしまった人も少なくないだろう。十分な食事の上で余暇を楽しめていた状況から、家賃を払うのもおぼつかなくなって空腹を満たせる程度にぎりぎりの食事を摂る状況へ。交通費をケチるために1駅、2駅と歩くようになり、自動販売機で飲み物を購入する金銭も惜しむ。さらにそれすらも危うくなる状況へと。そんな今のコロナ難の世界への実感として、この短編は自分の中に入ってきた。

 2人の少年が弔問客ごっこをするぐらい、作中の世界で死はありふれたこととして存在する。暗い世界が広がっていて、その中で人々は生きている。その中の一員と自覚して世界を引き裂きたい痛みを得て、その先を生きていく。広がる暗い世界という現実を知った先で、自分達は生きていかねばならないのだ。

 

 他に4編の短編が収録されている。ウェールズの歴史や文学史をきっちり押さえるのではなく、普遍的な面白さで作品を選んだとあとがきにあるように、いずれもウェールズという地の空気を感じさせつつ今の我々に響いてくる作品だった。ウェールズという地に興味がある人も無い人も、この一連の「暗い世界」を感じてほしい。

1月のまとめ

 年が明けてもう一月が経つ。遅ればせながら今年もよろしくお願いします。最近は月まとめしか書いていないが、今年は読んだ本の感想などもう少し色々書いていきたい。まあ年明け一発目の今回はやっぱり月まとめだが。

 

 

 

1月に行った展覧会まとめ

 

上方浮世絵館 罪と罰
心斎橋PARCO Shuntaro Takeuchi Solo Exhibition『JANET』
心斎橋PARCO "LAG-ED" EYƎ exhibition
大阪歴史博物館 蒐集家・高島唯峰―明治期考古学の遺産―
ピースおおさか大阪国際平和センター 生と死の間で ホロコーストユダヤ人救済の物語

 

 

緊急事態宣言が発令され、どうにも展覧会に行きづらい空気を感じる中、あまり回らなかったとはいえ何ヶ所か行った。ミュージアムぐるっとパス関西を先月に購入したので割引のある施設へ。ピースおおさかのホロコースト展が印象的。欧州各国の政情と共に、その中でもユダヤ人を救った人々を取り上げたパネル展示で、写真と共に文字がびしりと書かれた情報量の多いパネルが何枚も並んでいた。時間の都合で全部読み切れなかったが、展示内容をまとめた厚い小冊子をもらってきたので、機を見て読んでいきたい。

 

 

1月に読んだ本まとめ

 

鈴木哲也『学術書を読む』
ティエリー・ポイボー『機械翻訳 歴史・技術・産業』
宮津大輔『アート×テクノロジーの時代』
山極寿一『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』

 

 

ぼうっと過ごしていたらあまり本を読まなかった。昨年読んだ本は大体120~130冊ぐらい(漫画除く)なので、今年も100冊ぐらいは読みたいと思っていたが幸先悪し。年50冊すらこのペースでは怪しい。年始めの初読書が『学術書を読む』で、それが今年の1年を占うには幸先が良いかもしれない。昨年は『人間嫌い』だったのを思うとね。必ずしも多読にこだわらず色々読んでいきたいが、それでも一定の量は保ちたい。今年は特に読んだ小説の感想を軽くでも残していきたい。

12月のまとめ

12月に行った展覧会まとめ

 

和歌山県立近代美術館 和歌山県立近代美術館 コレクションの50年
和歌山県立近代美術館 美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ
和歌山県立博物館 屏風の美―収蔵品の名品から―
アルフォンス・ミュシャ館 ミュシャアメリ

 

感染状況を見て大阪市に行くのを自粛していたらあまり巡れなかった。何としても行きたかった和歌山県立近代美術館の「美術館を展示する」を鑑賞できたので一応満足。コレクション展と共に、地方の一美術館がコレクションを築いてきた過程と、地方の中の文化施設として在り続けていくこれからの展望を見せられ、美術館の未来を考えさせられる展示だった。関西圏の美術館・博物館はあまり詳しくないので、これから色々と回りたいところ。年明けに気楽にうろうろできる環境になっているかわからないが。

大なり小なり展示を見てきたが、今年行った展覧会はちょうど200ヶ所だったらしい。来年もまた同じぐらい、いやもっと回れることを願って。

 

 

12月に読んだ本まとめ

 

マルク・デュガン『透明性』
カリ・ファハルド=アンスタイン『サブリナとコリーナ

植田彩芳子、中野慎之、藤本真名美、森光彦『近代京都日本画史』
川田伸一郎『標本バカ』
都甲幸治『引き裂かれた世界の文学案内―境界から響く声たち』
長田真作『もうひとつのせかい』
濱野ちひろ『聖なるズー』

 

籠って本を読むかと思ったらそんなことはなかった。机の脇には、図書館で借りてきた本が袋に何冊も入っているが、年末年始に消化しきれるかは怪しい。いや、全部とはいかなくとも何冊かは読もう。

今月読んで印象的だったのは、動物性愛者についてのノンフィクション『聖なるズー』。動物愛護だとか愛玩動物だとか、人と動物の距離のあり方について抱いていた微妙な違和感が、動物性愛者の話と著者の解釈で、少しはすっきりしたような気がする。動物性愛=獣姦だ、ヤバい連中だと先入観で決めつける前に、こういう人々もいるのだということ、そして動物への接し方について考えてみるきっかけになる一冊。

11月のまとめ

11月に行った展覧会まとめ

 

日本近代文学館 日本をゆさぶった翻訳―明治から現代まで
国立新美術館 MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020
渋谷ヒカリエ ダハ! アートラボ・グループ アートショー
渋谷ヒカリエ The daisy* world.
DIESEL ART GALLERY JUN OSON「D_I_S_T_A_N_C_E」
SAI PUGMENT「Almost heaven」
HARUKAITO by island 有賀慎吾個展「⁂ ( triple eyed perspective )」
BLOCK HOUSE 影山凜太郎個展「カリガネのバタ足」
NANZUKA 2G FriendsWithYou「Little Cloud」
3.5D 魔女展
西武渋谷店 卒業生作品展桑沢2020×シブセイ デザインは死なない。New羅針盤
西武渋谷店 AKI INOMATA個展「Why Not Hand Over a “Shelter” to Hermit Crabs?」
Bunkamura Gallery 吉岡耕二 色彩の旅 パリを中心に-モンサンミッシェル・ニース
Bunkamura Gallery 市村しげの個展「儚さの痕跡:Traces of Fragility」
ミュージアム 明治期の折熨斗コレクション~贈り物のシンボル
ライトシード・ギャラリー 非接触の手触り―名もなき実昌の萌え燃え絵画展
伊藤忠青山アートスクエア 本田亮SDGsユーモアイラスト原画展~楽しく知る世界を救う17の目標~
pixiv WAEN Gallery 三輪士郎個展「Lots of Handz」
調布市文化会館たづくり 大村雪乃展「Happiness」
東京都美術館 2020年度アーカイブズ資料展示「旧館を知る」
アドミュージアム東京 Good Ideas for Goodミニシアター
旧新橋停車場 走るレストラン~食堂車の物語~
日比谷図書文化館 荒俣宏の大大マンガラクタ館
国立公文書館 グルメが彩るものがたり-美味しい古典文学-
東京国立近代美術館 MOMATコレクション 特集:「今」とかけて何と解く?
江戸東京博物館 大東京の華―都市を彩るモダン文化
アップリンク吉祥寺 UPLINK 2020 La Mano Fria
吉祥寺美術館 所蔵作品特別展示たいせつなじかん
東京都庭園美術館 生命の庭―8人の現代作家が見つけた小宇宙
伊勢丹新宿店 鈴木誠郷洋画展
伊勢丹新宿店 かわさきみなみ展 Blooming花が咲くとき
新宿高島屋 田村吉康絵画展 ICON-TACT-マンガの新しい地平-
三鷹市山本有三記念館 「日本少国民文庫」が灯したもの―若き編集者たちとの交流―
森美術館 STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ
サントリー美術館 リニューアル・オープン記念展Ⅱ 日本美術の裏の裏
21_21 DESIGN SIGHT トランスレーションズ展−「わかりあえなさ」をわかりあおう
東京ミッドタウン・デザインハブ 見えてないデザイン−社会に問い続けるムサビ−
国立科学博物館 国立公園-その自然には、物語がある-
国立科学博物館 世界の海がフィールド!学術研究船「白鳳丸」30年の航跡
国立国会図書館国際子ども図書館 平成を彩った絵本作家たち
インターメディアテク 遠見の書割――ポラックコレクションの泥絵に見る「江戸」の景観
和泉市久保惣記念美術館 書の名品―経巻・墨蹟・和様の美―
なんばマルイ 海洋堂エヴァンゲリオンフィギュアワールド
心斎橋PARCO Reality&Fantasy The World of Tom of Finland​
心斎橋PARCO JP POP UNDERGROUND
心斎橋PARCO Mr. Brainwash EXHIBITION“LIFE IS BEAUTIFUL

 

 

色々行った。東京を離れることになったので、行こうと思い続けながら訪れていなかった博物館を巡り、見ておきたかった展覧会をいくつか見た。紅ミュージアム、アドミュージアム東京、江戸東京博物館……どこも今まで行ったことが無かったのを後悔するいい場所だった。行けなかった心残りは、東京都現代美術館やアーティゾン美術館、弥生美術館など。東京都現代美術館はリニューアル後は行っておらず、他2館も行ったことが無い。まあいつか行く日も来るでしょう、多分ね。見たかった展覧会は他に無数にあり、今行きたい展覧会もいくつもあるが、大阪府下に住むようになった今は今で、関西圏の展覧会で面白そうな物を巡っていきたい。まずは何がどこにあるかを知る所から。

ひたすらうろうろすることに夢中で、記録をあまり残していなかったが、これからはもう少し残していきたいと思う次第。日本近代文学館の翻訳展、友人らとわいわい鑑賞した新美のMANGA都市TOKYO、日比谷図書文化館の荒俣宏展辺りが印象的。

 

 

11月に読んだ本まとめ

 

池田明季哉『オーバーライト』2巻
フィリップ・シュルツ『私のディスレクシア
都築真紀魔法少女リリカルなのは
長月達平『戦翼のシグルドリーヴァ Sakura』上
サマセット・モーム『月と六ペンス』

NHKトップランナー」制作班編『別冊トップランナー 奈良美智
NHK美の壺」制作班編『NHK美の壺アールヌーヴォーのガラス』
C・V・オールズバーグ 『ハリス・バーディックの謎』
風木一人『青のない国』
古賀太『美術展の不都合な真実
ミヒャエル・ゾーヴァミヒャエル・ゾーヴァの仕事』
ミヒャエル・ゾーヴァミヒャエル・ゾーヴァの世界』
高橋明也『美術館の舞台裏―魅せる展覧会を作るには』
長谷川祐子『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』
レナード・S・マーカス『ランドルフコールデコット―疾走した画家』

 

 

展覧会を周ることに時間を費やして東京滞在時はそこまで本を読めず、大阪に来てから数が少々増えた。環境が変わったのでまず図書館に行き、大体の図書館蔵書の方向を確認した。他の近隣図書館や府下の図書館と組み合わせ、新たな図書館ライフを構築していきたい。

今月読んだ小説で強く心に残ったのは『月と六ペンス』。タイトルとゴーギャンがモデルという前情報ぐらいしか無い中読んだが、ストリックランドという人物の存在感、彼を取り巻く人々によって語られるそれぞれの人生観、切れ味の良い会話と、名作と語られる所以の一端がわかった。ゴーギャンっぽさをストリックランドから感じることは、わずかな基礎設定部分以外に無かった。新書では『美術展の不都合な真実』と『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』が興味深かった。美術館に行く人も行かない人も、前者は特に読むことを勧めたい。

10月のまとめ

10月に行った展覧会まとめ

 

太宰治文学サロン 山内祥史文庫ができるまで~研究の情熱と本への愛情をいしずえに~
東京ステーションギャラリー もうひとつの江戸絵画 大津絵
GOOD DESIGN Marunouchi 危機の中の都市 COVID-19と東京2050(β)
ポーラミュージアムアネックス ポーラミュージアムアネックス展2020–真正と発気–
銀座メゾンエルメスフォーラム 「ベゾアール(結石)」シャルロット・デュマ展
ガーディアン・ガーデン 田中義樹展「ジョナサンの目の色めっちゃ気になる」
銀座蔦屋書店 香月恵介・菊池遼・菅原玄奨「appropriate distance」
府中市美術館 日本の美術を貫く 炎の筆《線》
府中市美術館 公開制作79 三沢厚彦
ふるさと府中歴史館
府中市郷土の森博物館
武蔵野ふるさと歴史館 軍事郵便が語る日露戦争期の武蔵野
pixiv WAEN Gallery しぐれうい初個展「雨天決行」
GYRE GALLERY 名和晃平個展「Oracle
Meets by NADiff 江口綾音「Eiko
Intimissimi Art Space プシェメク・ソブツキ「WHO is Who?」
有楽町マルイ 成田美名子原画展
Artglorieux GALLERY OF TOKYO Contemporary Art Selection
銀座蔦屋書店 展覧会Exploring
ggg いきることば つむぐいのち 永井一正の絵と言葉の世界
ポーラミュージアムアネックス ポーラミュージアムアネックス展2020–透過と抵抗–

 

 

行ったエリアが3ヶ所ぐらいしか無い。いつものことではあるが。久々に展覧会に行った感想も書き、この流れを続けられるといい……のだが、東京を離れることになったのでおそらく数は激減する。電車賃も安いし、美術館やギャラリーの数という点では東京はやはり圧倒的で、そこに慣れてしまうと辛くなる。のうのうと生きた罰だろう。

感想を書きそびれたが、府中を半日ほどでうろうろし、色々見て回ったのが今月のハイライト。市民文化の日ということで、美術館・博物館入館料が無料で、展示を堪能しつつ、分倍河原の古戦場跡碑に在りし日の戦いに思いを馳せていた。府中は歴史遺産が街中に結構あるのだなと。

 

 

10月に読んだ本まとめ

 

Fafs F. Sashimi『異世界語入門~転生したけど日本語が通じなかった~』
会田誠『げいさい』
サンティアゴ・ H・アミゴレナ『内なるゲットー』
長月達平『戦翼のシグルドリーヴァ Rusalka』上・下
グカ・ハン『砂漠が街に入りこんだ日』
李琴峰『星月夜』

石坂泰章『巨大アートビジネスの裏側 誰がムンク「叫び」を96億円で落札したのか』
キャサリンイングラム『僕はポロック
大西祥平小池一夫伝説』
小山登美夫『現代アートビジネス』
新人物往来社編『ムンクの世界』
高橋典幸編『中世史講義【戦乱篇】』
高橋龍太郎『現代美術コレクター』
ショーン・タン『内なる町から来た話』
三鷹市山本有三記念館『山本有三三鷹の家と郊外生活』

 

 

不安定になると読書量が増える。美術系の新書3冊でコレクター・ギャラリスト・オークショナーという異なる3つの世界から現代アートの世界を覗き見て勉強になったほか、2020年以降刊行の新し目の面白い小説に触れることが出来て幸いだった。80年代の美術業界の空気と美大受験に焦点を当てた『げいさい』は『ブルーピリオド』を手に取った人にも是非読んでほしいところ。ショアー文学というジャンルは初体験だったが、あまりにも重い体験によって沈黙に至ってしまう人物を描いた『内なるゲットー』では、改めてショアーという出来事の大きさを実感した。『砂漠が街に入りこんだ日』は、作者が母語ではない言語によって執筆したという事実もだが、揺らぐ社会で正道に在れずにいる人々がある種突き放したような文体で綴られており、内容としても面白い。在日外国人にとっての日本語の言語体験が軸にある『星月夜』は、あまり意識したことの無い人々のことを考えさせられた。

複数の図書館カードを作っては、カーリルを使って読みたい本の図書館まで足を運ぶ日々だったが、これからはその気軽さも無くなりそうなので、読書量がどうなるかよくわからない。読む本の方向性は変わるかもしれない。

展覧会巡り2020年10月3日

 コロナ閉館ラッシュも多少は収まり、図書館も美術館・博物館も大体の施設が通常開館するようになってきた。今まで予約文化に生きて来ず、前日にパッと予定を組んで展覧会旅程を決める身としては、事前予約無しに入場できない展覧会に辟易するが。今まで予約形式のイベントにあまり行ったことが無い人生を送ってきたせい。大学博物館は依然として閉館中だったり、開いていても学内生以外は利用できなかったりと、気楽で充実した博物館巡りにはまだまだ遠いものの、ここ数ヶ月で行ける範囲はぐっと広くなった。

 先週土曜日に色々巡ったので久々に記録を書いてみる。以前書いた一日徘徊記録は渋谷~原宿と銀座・日本橋だったが、今回は東京駅から銀座の方へ南下しながら色々見て回ることにした。一日同行してくれた友人に感謝。

 

 

 

 もうひとつの江戸絵画 大津絵

 スタート地点は東京駅を出てすぐの東京ステーションギャラリー。招待券が当たったので友人を誘い、ついでに展覧会巡りで銀ブラしようというのが今回のプラン。東京駅に来るのが久々で、とりあえず丸の内側出口をてきとうに出れば場所はわかるだろうと南口から出てしまった。久々に目にすることとなったが、やはり東京駅の建物は良い。東京オリンピックまであと何日という掲示を横目に、待ち合わせ場所の美術館前に無事到着。五輪に思い入れは特に無いが、五輪のもたらす物がコロナ後の世界でどう作用して行くかは見たい気もする。良くも悪くも物語として安易に消費されて終わって欲しくは無いが。

 ちょうど13時頃に入場。要事前予約の展覧会だが、招待券を持っている人は当日入場ができる。荷物をロッカーに預けてエレベーターで3階に昇る。エレベーターを降りて驚く人の波。予約制の展覧会とは思えない。人の溜まる入り口部分はさっと見て、先へ流れた人が薄くなったタイミングで戻って鑑賞スタート。初っ端に浅井忠の言葉が引用されていて、大津絵が洋画家に注目されていたことに驚く。大津絵といえば、博物館の展覧会などで数点が添え物的に展示されている物で、浮世絵などとは異なる文脈の民衆絵画という程度の知識しかなかったが、説明を読んでようやく大津絵の何たるかをきちんと理解する。大津絵は江戸時代初期に土産物として東海道の宿場・大津近辺で職人らによって量産された民衆絵画らしい。民衆文化や歴史資料の側面で捉えられてきた大津絵を美術として魅せられるかというのが今回の展示趣旨のようだ。今回の展示は大津絵を所蔵者ごとにまとめて展示する形式で構成されており、単なる大津絵展のみならず大津絵コレクター展という側面がフィーチャーされていた。最初に驚いた浅井忠に限らず、梅原龍三郎など洋画家に受容されていた他、海を越えてなんとピカソまでもコレクションしていたという。展示は大津絵が受容され始めた頃から、芸術家のコレクションとして大津絵展が行われた流れを見ながら、柳宗悦による民藝としての側面を紹介し、戦後期のコレクターについて見ていく構成。

 大津絵を高尚な美術作品として鑑賞してすごいと感じることは大して無かったが、一昔前の絵本のような印象を受け、漫画を思わせる絵、コミカルに軽く楽しめる絵として面白い絵は多く、いちいち絵に突っ込んで笑っていた。詳しくなかったので初めて知ったが、大津絵はテンプレ画題がいくつかあり、展示も同じ画題・構図の絵がかなり多かった。『鬼の念仏』と『外法梯子剃』は何枚見ただろうか。ネズミがやたらと大きな盃で酒を飲んでいる絵や、ツーショット写真の構図に見えなくもない相撲の絵などが個人的には好み。アトリビュート的に源頼光の頭に鬼が描かれた結果、鬼が憑依していたり、鬼の被り物を被っていたりするように見えるのも面白かった。アトリビュートといえば、弁慶の頭の上にざっと描かれた七つ道具の雑さに、大量生産絵画という大津絵の特性を実感した。来迎図で仏の周囲に描かれる光の表現が、あまりにもシンプルな直線3本の光で、安っぽい集中線に見えたのにも笑ってしまった。

 絵の描き方の興味としては、弁慶の顔や肌の色合いが灰色に近い色合いで、力自慢の男の赤ら顔ではないのだなと思ったり、鷹匠の描かれ方が若衆と同じ美男子カテゴリーで描かれていたりしたのが興味深かった。この時代における鷹匠という職業イメージは、そういうタイプの物だったのかな。槍持奴のような描かれ方とは違う。鷹匠のキャプションの英語表記がfalconerで、鷹はhawkだったよなと思い返しながら、西洋での狩りについて調べたくなった。

 展示全体としては、コレクターの存在を明示しながらも、美術として大津絵を見せきることはできたかと思うと微妙な印象を抱いた。美術家であるコレクターの言を引くのは良いのだが、その結果として何か影響を受けたのか、何を美術的に評価したのかなどは展示からは見えづらい。展示品の所蔵館を気にしながら見ていたが、博物館の所蔵が目立ち、蒐集する対象としても資料としての扱いの方が強いのかなと感じた。単純な絵としての面白さの外で展示品を見た際に、これは当時の文化を反映しているのかなと感じるなど、やっぱり美術というよりは資料目線で鑑賞していた。美術として美術品を見る態度が育まれていないのもあるが。とはいえ、大津絵をまとまった物量鑑賞することができたのは貴重な機会で、間違いなく来てよかった展示だと思う。同行者が面白さを感じて注目する作品が違う所に、やっぱり誰かと来てよかったなあと。この展覧会は、人によって好きな絵は結構変わってくる気がする。

 

 

 危機の中の都市 COVID-19と東京2050(β)

 丸の内側を南へ下り、GOOD DESIGN Marunouchiへ。事前予約でファストチケットが手に入る展示ながら、前日夜の段階で結構空いている時間帯が多く、余裕があれば予約無しでも入場できるみたいなので予約はせず。大津絵展を見るのにどれだけ時間を要するか見積り切れなかったのも一因。初めて訪れた展示スペースで、外から中の展示を見た第一印象は大学の学園祭発表のような感じ。大津絵展を見た後に空きを確認すると、相変わらず満員では無いようで、すんなり入場できた。

 過去の災害史による人口推移の年表と関東大震災による焼失エリアが塗られた地図を見ながら、関東大震災が如何に甚大な被害だったのか、戦災によってどれだけの人口が失われたのかを改めて実感する。コロナによる昼間人口の推移などがまとめられたパネルを眺め、春から今までの生活について友人と話した。展示空間の中央に置かれた、将来の日本像をグラフとして立体的に表した地図が印象的。日本地図の各自治体の場所に、棒グラフ状に現在と比較した2050年の人口状況が示されていたが、東京エリアに高く高く伸びていくポールに比しての地方の低さ。大阪や名古屋に比しても東京が圧倒的に高い。数字を視覚的にわかりやすく突きつけられると現実の重みが増す。内陸住みが続いたことで、海側近辺の展示は実感薄いままにさらっと流したが、現状把握という点で学ぶ所の多い展示だった。

 

 

 ポーラ ミュージアムアネックス展2020 –真正と発気–

 同行者がコンビニで昼食を買いに行くとのことで、道中の東京商工会議所の建物へ入る。来年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』のパネルが展示されていて、そういえば渋沢栄一が主人公だったなと思い出す。渋沢栄一銅像も建物内にあった。建物近辺のベンチで食事をしながら、大津絵展の感想を話し合う。誰かと展覧会を回るとこういう話ができるのが良い。それにしても、街中で座って話せて食事もできるこういうスペースがあるのはありがたいな。家の近所ではコロナの影響でそういうスペースが撤去されてしまって困る。線路の反対側へ出て、少し歩いて目的地へ到着。幾度となく来訪しているポーラミュージアムアネックスだ。これまた事前予約をしていなかったが、ちょうど空いている時間帯ということですんなり入場。15時過ぎぐらいだった。

 寺嶋綾香・太田泰友・半澤友美という3人のアーティストの作品展示。寺嶋綾香による、Dokiという色々組み合わせた現代土器な粘土作品や、紙の原料たる植物繊維から布のような物を再構成した半澤友美の作品も展示されていたが、3人の中で一番興味深かったのは太田泰友によるブックアート作品だった。本の形をした木片が樹の枝に食い込むように展示されている作品や、一枚のパネルごとに果物の断面を描き、本として果物を創り出した作品、家具類にparasiteする本。本の各部を指す用語に建築用語が使われるように、本は建物と同じような所がある。本を構成する紙が木材チップから作られるのも含めて、個々の作品が本の新たな側面を開く展示として興味深かった。本はあらゆる事物を記述するという点で、本自体が家具や木をその内に取り込んで身にしていくこともできるのだ。

 

 

 「ベゾアール(結石)」シャルロット・デュマ展

 銀座という空気が強くなった街並みを歩いて行く。次に向かったのは、銀座メゾンエルメス8階にある銀座メゾンエルメスフォーラム。来るのは3回目で、前回と同じく店舗外のエレベーターからの入館。コロナ状況が解消されたとしても、店舗内エレベーターから入館しないこのシステムは継続してほしい。店に用事があるのではなく、あくまでも展覧会を見たいだけなのだから。

 展示としては馬の写真と馬の映像がメイン。馬の埴輪もあり、とにかく馬という存在を感じる展示。与那国島の豊かな自然の中で、少女と馬を写した映像を観ながら、自然に生きる馬の力強さを知る。ただ、10~20分規模の自然映像を集中して観られるほど、自分は動画というメディアに興味が無かった。この展示で一番印象的だったのは、ベゾアールの実物がいくつも展示されていたことか。動物の胃や腸の中に形成される凝固物であるベゾアール。かつては神秘的な存在として取り扱われたこともあるという。主な展示物である映像や写真以上に、ベゾアールに心躍らせ目を輝かせていた辺りが、自分の興味の方向性なのだろう。

 

 

 田中義樹展「ジョナサンの目の色めっちゃ気になる」

 銀座近辺で展覧会を調べていて、何となく目に留まった展覧会で今日の展覧会巡りは終了。開催場所のガーディアン・ガーデンに向かうが、入り口がわからず建物周りで右往左往した。地下へ下りる階段を無事見つけ、何だかここ来たことあるようなという既視感がよぎる。似たような立地なだけかもしれないが、銀座で地下に階段で降りて展示を数年前に見た覚えがある。

 入ってすぐに受けた印象は中高の文化祭。特に美術系とかそういうのではない場での。塗りたくったライオンっぽいオブジェがドンと置かれ、金ぴかな絵画が壁に掛かり、十字状に見える無数のかもめが天井から下げられ、所狭しと作品が並べられている。奥にある舞台もきちっとした舞台らしい印象を与えない。文化祭的な手作り感に溢れている。

 ちょうどミニ演劇を上演する時間に入ったらしく、展示をじっくり見る前に観劇することに。毎週定めたテーマに沿った演劇を上演していて、海、原というテーマに続いて今回は雄。展示期間の真ん中辺りということで、いつもは長めの演劇をやっているが、中弛み気味に10分程度の短めの物をやるとのこと。過去のテーマを聞いて、来週は山か?と思ってしまった。いきなり劇を観ることになるとは思わず、困惑から抜け出せないままに始まった。裸の王様をモチーフに、この物語を裸というコンセプトの現代アートとして解釈してあれやこれ……という話と、カブトムシとクワガタムシの対戦ゲーム風の相撲から過去のロシア暴動ってこんなのだったんじゃない?という話。非難者が一瞬で被非難者に変わり、痛々しいほどに公に糾弾されるTwitter空間を思わせたり、コンセプトと言ってしまえばアートとなりかねない危うさや、「正しい」美術教育という像を考えさせられたりするなど、前者は観ていて面白い物があった。帰宅途中に思い返してみると、裸の王様コンセプト説は少し前にネットでバズっていたような気がしたが。後者はまあそんな物だろうなと。面白さは感じたものの、これだけ人の少ない至近環境でパフォーマンスを観る機会に乏しく、場の空気に乗り切れないままあっさりと流して反応しきれなかったのは申し訳ないところ。双方向的な鑑賞態度を取る事物への経験値が少なかったな。演者の方は身体を張ってぴょんぴょん飛び跳ねて足を大分痛めただろうと思う。

 コンセプトの根っこには『かもめのジョナサン』の新版があるらしい。第4章で神格化されたジョナサンに対し、若いカモメはその意思たる飛行技術の追求ではなく、ジョナサンの目の色がどうだとかジョナサンがどういう存在だったかを調べるようになる。面白いことは大体昔の人がやってしまった現代、ジョナサンの目の色が気になるカモメたるアーティストは、サンプリングの中で過去と繋がる瞬間があるかもしれない。そんな感じのことがプリントに書いてあった。大体既出な世界で、それでも何ができるのか、新しさのレッドオーシャンを突っ走るか、過去から新たな価値を産んでいくのか。ジョナサン研究者であったとしても、やはりそこから新たなジョナサンになって行きたいと夢想してしまうのが自分だが、現実として探究者にすら成りえず停滞しているから甘くて辛い。関連グッズが余っているとのことで、半ば強引に一つ持たされた。これを見る度に、演劇を観ては気分がノリ切れなかった自分を思い出すのだろう。

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 色々巡って時刻は17時半ぐらい。夕餉にはいささか早いため、銀座で割かし好きな場所である銀座蔦屋書店へ。本棚のラインナップや店内展示の美術品から上級社会とか文化資本という存在を実感し、友人共々圧倒されていた。普段触れる物とは一段と異なる世界を実感できる点で、この空間に身を置いて色々と摂取していくのが好きだ。海外マンガのコーナーで、読んだことのあるマンガが何冊も目に入り、図書館で閉じていた世界が実社会と繋がったのが個人的に面白かった。

 JR都区内パスを使ってうろうろしているので、食事処探しついでにまた別な文化パワーに触れるかということで秋葉原に移動。銀座の人出も一時期よりは大分増えていたけれど、秋葉原も昔とあまり変わらないぐらい多い。外国人をあまり見ないという点では昔と違うが。アニメイトに寄って漫画やラノベの新刊を見、ビックカメラでおもちゃとプラモを眺め、食事をしてBOOK OFFを眺めて解散。文化という物をひたすら浴びた一日だった。

9月のまとめ

9月に行った展覧会まとめ

 

アップリンク吉祥寺 映画『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)』公開記念特別展 「ジャズ喫茶ベイシーにて」
TAV GALLERY ノンヒューマン・コントロール
代官山ヒルサイドフォーラム ブレイク前夜×代官山ヒルサイドテラス時代を突っ走れ! 小山登美夫セレクションのアーティスト38人
アートフロントギャラリー Art Front Selection 2020 autumn
NANZUKA 2G ジェームス・ジャービス「Transcendental Idealism」
3.5D 花譜展2
杉並アニメーションミュージアム サンライズヒーローロボット展
Bunkamura Gallery 万華鏡展2020
Meets by NADiff Wall Gallery THE COPY TRAVELERSの遅れてきた速報!!
SAI JOHN HEARTFIELD
SPACE FILMS GALLERY 高松聡「FAILURE」
板橋区立美術館 2020イタリア・ボローニャ国際絵本原画展
調布市文化会館たづくり 岡田千晶絵本原画展「静かに扉をひらくとき」

 

 

この記事が書かれ続ける以上は、展覧会に読書に日々を過ごす無名人は生き続けるのだなと思うと、何も残さないよりは生存報告している方が良い気がしてきたな。ネットのアーカイブの寿命に疑いはあるけれど、こうやって生きた記録が後々残っていくのだとすると面白い。

9月に行った展覧会では、ブレイク前夜展とボローニャ国際絵本原画展が心に残った。今まで興味が全くと言っていいほどなかったが、5枚の絵で絵本は人を魅了するし、絵本の世界は自分が思っているほど狭い訳では無く、世界中で色々な技法で新たに生まれ拡がり続けているんだなと。可能なら来年も行きたい。出来れば誰かと話しながら鑑賞したい展示だ。

 

 

9月に読んだ本まとめ

 

蒼山サグ『ぽけっと・えーす!』2巻
朱白あおい『RELEASE THE SPYCE GOLDEN GENESIS
映島巡『SINoALICE―黒ノ寓話―』
川上稔境界線上のホライゾン NEXT BOX 序章編』
ジョン・グリーン『どこまでも亀』
ジョルジュ・ペレック『美術愛好家の陳列室』
宮内悠介『黄色い夜』
アルベルト・ルイ=サンチェス『空気の名前』

キャサリンイングラム『僕はウォーホル』
ショーン・タン『見知らぬ国のスケッチ アライバルの世界』
テレサ・ベネイテス『世界を変えた15のたべもの』
デイヴィッド・ホックニー、マーティン・ゲイフォード『はじめての絵画の歴史―「見る」「描く」「撮る」のひみつ―』

 

図書館の書架で目に付いた物をてきとうに手に取って読んだ小説が多め。強迫性障害の生々しさと、苦しみながらも生きていく少女の学校生活を描いた『どこまでも亀』が印象深かった。It goes on.に尽きる。ジョルジュ・ペレックの小説は虚実入り混じる美術コレクション世界をギャラリー画という入れ子構造で描き出していて、美術に少なからぬ興味を抱く身として何とも不思議な気分で読了。実作では無かろうと思いつつ読んでいたが、最後の最後で再び読み返すかと考える一文がやってきて、訳者あとがきで実は本当にある作品だよと明かされる驚きと敗北感。嘘と割り切って読むとそれはそれで負けている気がする。

あと、今月は近隣の図書館所蔵の海外マンガを借りまくって読んだ。10冊ほど。漫画を所蔵する図書館自体が必ずしも多くはないが、海外マンガを相当数所蔵している図書館はそこまで多くない。最寄りの自治体である程度所蔵していたのは幸いだった。エイドリアン・トミネ『キリング・アンド・ダイング』、エマニュエル・ルパージュ『チェルノブイリの春』 、マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン『かわいい闇』、ヴィンシュルス『ピノキオ』辺りが印象的。今まであまり読んだことが無かったが(文化庁メディア芸術祭で何冊か読んだぐらい)、1冊1冊が分厚く濃厚で、小説を読むのとそう変わらない感覚で読んでいる。これからも海外マンガは読める限り読んでいこう。