暗い世界 ウェールズ短編集

 先月のまとめで書いたが、読んだ本、主に小説の感想を残していくことにした。読書体験のほとんどが図書館由来で、来館時に目についたものを気ままに借りては読んで返していくため、個々の読書を振り返りたくなった際に見返せる具体的な記録が欲しい。また、日常で文章を綴る経験値を積んでいきたい。都合よくブログをやっているので、たまに書いていこうと思うに至る。自分の記録が主目的ながら、興味がある方は拙文ながらお付き合いください。

 

 

 今回取り上げるのは、最近読んだ『暗い世界 ウェールズ短編集』(堀之内出版、2020)。その中でも表題作の『暗い世界』について、つらつらと書く。20ページ足らずの短編なので、内容には踏み込みます。

 人が亡くなった家を訪ねて回る、ジムとトマスの2人の少年の話。9人兄弟のジムは空腹を満たすために通夜で出されるおこぼれを狙っている。ジムより生活に余裕のあるトマスは、縁者のフリをして弔問客として振舞うお遊び感覚でジムに付き添っている。雨の中で3マイルも4マイルも歩いた果て、トマスは自分の家で働いていた女性が亡くなった家を訪ねてしまう。身近な存在の死を眼前に体感し、自らと隣り合わせに厳しい暗い世界が広がっていることを実感して、世界に対する憎しみを抱く。

 自分とは離れた世界だと思えていた厳しい現実が、ふとしたことで自分にのしかかってくる。コロナ禍によって、満たされていた状況から一挙に転落してしまった人も少なくないだろう。十分な食事の上で余暇を楽しめていた状況から、家賃を払うのもおぼつかなくなって空腹を満たせる程度にぎりぎりの食事を摂る状況へ。交通費をケチるために1駅、2駅と歩くようになり、自動販売機で飲み物を購入する金銭も惜しむ。さらにそれすらも危うくなる状況へと。そんな今のコロナ難の世界への実感として、この短編は自分の中に入ってきた。

 2人の少年が弔問客ごっこをするぐらい、作中の世界で死はありふれたこととして存在する。暗い世界が広がっていて、その中で人々は生きている。その中の一員と自覚して世界を引き裂きたい痛みを得て、その先を生きていく。広がる暗い世界という現実を知った先で、自分達は生きていかねばならないのだ。

 

 他に4編の短編が収録されている。ウェールズの歴史や文学史をきっちり押さえるのではなく、普遍的な面白さで作品を選んだとあとがきにあるように、いずれもウェールズという地の空気を感じさせつつ今の我々に響いてくる作品だった。ウェールズという地に興味がある人も無い人も、この一連の「暗い世界」を感じてほしい。