平和祈念展示資料館

 11月17日(土)に行った博物館その2。新宿歴史博物館を出たのが15時半頃で、続けてどこかを見るには、場所によっては厳しい時間だ。新宿へと移動し、新宿で回ろうと目星を付けていた博物館リストの中から、平和祈念展示資料館へ行くことに決める。遅くまでやっている東京オペラシティアートギャラリーやNTTインターナショナルコミュニケーションセンターもありではあったが、新宿駅からの近さと初来訪の場所を巡ろうという意思からここを選んだ。

 

 新宿の目の前を通り、都庁への道を歩く。新宿住友ビルはずっと工事をしている気がする。中に入ったのは初めてで、階ごとに分かれたエレベーター配置に少し戸惑いながら、目的の階へ到着。施設の英語表記を見て、detaineeとrepatriateという英単語を学ぶ。春から英単語を少々積み上げようとしていた頃があり、見慣れない英単語についつい反応してしまう。入場は無料、館内の写真撮影は一部を除いて自由、SNSでの投稿もOKとのこと。

 

 展示エリアは、兵士コーナー、戦後強制抑留コーナー、海外からの引揚げコーナーの3つのセクションに分かれていた。まずは兵士コーナー。戦前の日本における徴兵制の説明や、出征した兵士達にまつわる資料が展示されていた。九段下にあるしょうけい館の常設展の最初の方の展示内容に近い。奉公袋や赤紙など、実物が展示されていると、確かにこの現実はあったのだと感じさせられる。

 強く印象に残ったのは、出征兵にお守りとして贈られた「千人力」の日の丸。日の丸旗中央の赤い円の周囲に、寄せ書きの容量でひたすら「力」という文字が書かれている。一見して狂気を感じた。現代社会で贈ったりすると、文字通りのパワハラになるのではなかろうか。現代的な感覚で狂気を感じたとしても、そこには出征する者が活躍できるよう、彼への力となりたいという切なる願いが込められていたわけで、それがまた一層哀しい。こういう物に対する、生理的な嫌悪感が自分の中にあるからこそ否定的に捉えているのはある。

 実際に戦地へと持参した物の展示もあったが、それ以上に徴兵検査通達書や現役兵証書、戦争が終わった後の引き揚げ証明書や検疫済証明書、戦争犯罪に関する無罪証明書といった公的な単純な書類に、戦争に兵士として関わっていた人を想像した。これらの書類が届き、兵士となり、そして帰還していったのだと。小さな紙切れで人生が動いて行ったのだと。ここのコーナーで他に印象に残ったのは、戦時中に連合国側と日本側のそれぞれが配布した伝単(ビラ)だ。拾圓札と共に、時代と共に何が買えたかを淡々と書いた連合国側の伝単に、戦時中の暮らしに思いを馳せた。伝単だから、確実性のある情報かどうかは不明だが。こういう物も全て史料として、戦争という物を明かしていく手掛かりとなるのだな。

 

 次は戦後強制抑留コーナー。戦後にソ連に抑留され、労働に従事せざるを得なかった人々の資料の展示。所々に展示されていた、当時の様子を描いた絵画が印象深い。暗く、寒く、苛酷な日々が伝わってくる。衛生状態が悪く、飢餓と酷寒に苦しんだ厳しい収容所生活。上着も白い雪に染まり、凍えた灰色の顔で豆粕を食べる人物を描いた絵画が頭に残る。そして、ジオラマで再現された部屋ごとに渡されたパンを、均等にきちんと切るかどうか監視している人々の異様な眼。極限状態の人々の姿を見た。

 このコーナーで印象深かったのは、物がほとんどない中で、それでもなおアルミから作られた手製の食器類。フォークに細かな模様が刻まれていたのに特に驚いた。ブドウだろうか?そして、厳しい中でも麻雀牌や将棋駒が手製で作られ、わずかな娯楽としてどうにか楽しんでいたという事実。昔、東京藝大美術館で見た「尊厳の芸術展」を思い出す。苦しみながらも、工芸品などを製作していた日本人。それが未来への希望となったのだろうと。

 

 最後は海外からの引揚げコーナー。思っていたよりも遥かに重い展示に、ここまでで体力も精神力も時間も結構費やし、存外時間がない。このコーナーでは、ジオラマで再現されていた引揚船・白竜丸の船底の様子か。御飯と味噌汁と沢庵が振る舞われたというキャプションの記述に驚いた。すごい豪華だな。後は著名な漫画家の中にも引揚げ者がかなりいたという事実か。引揚げてきても失業で生活苦に陥ったという話を見て、戦争という物が、戦争中だけで終わる物ではないことを改めて実感する。そしてそれは、未だに終わり切った物でもないのだ。

 

 その後は小さな企画展エリア。抑留生活を経験した四國五郎の作品展。寒い白いシベリアを描いた絵画の数々。何より印象に残ったのは、抑留体験を忘れないように残した、抑留の厳しさを表現した陶板。『首吊り』の陶板に、浜田知明の『初年兵哀歌』シリーズを思い出さずにいられなかった。戦争というどうしようもない現実の残酷さを描き出した作品群。分厚い『わが青春の記録』は、一人の人間の抑留体験として通読したいな。

 

 図書閲覧コーナーを通り過ぎ、体験コーナーで楽譜を基に録音されたラッパの音を聞く。軍事ものなどでおなじみのラッパの音はこういうメロディだったのか。この音を聞きながら、この音に一日を感じながら、戦争の日々を送っていたのか。脇にあった抑留生活で配られた黒パンの重さを体感し、博物館を後にした。

 

 

 戦争は確かにあったのだと、痕跡残る数々資料から強く実感させられる一連の展示だった。しょうけい館を訪れた際にも感じたことだが、実際に用いられた物が一番「人」を感じる。このような日々が、世界がもう来ることがないことを祈念するばかりだ。新宿駅から近く、入場料も無料なため、訪れたことがない方は是非一度展示を見に行ってほしい博物館だった。